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カテゴリー「クラシック」の記事

2022年4月28日 (木)

追悼,Radu Lupu

Radu-lupu

ネットを見ていたら,Radu Lupuの訃報を見つけて愕然としてしまった。去る4月17日に亡くなったとのことである。

Radu Lupuは2019年に引退はしていたが,2012年11月8日の東京オペラシティにおけるオール・シューベルト・プログラムを聴けたのは幸いだったとしか言いようがない。

私にとってはRadu Lupuと言えばシューベルトである。シューベルトのピアノ曲の魅力に気づかせてくれたのは間違いなくこの人だった。訃報に接して,私がプレイバックしたのはD960であった。あの繊細なリリシズムを生で聴くことはできなくなったが,彼が遺した音源は不滅である。改めて素晴らしいピアニストであった。

R.I.P.

2022年4月21日 (木)

久しぶりに「でかくて重いMyung-Whun Chungボックス」を開ける(笑)。

_20220417 "Rimsky-Korsakov: Sheherazade / Stravinsky: L'Oiseau de Feu Suite" Myung-Whun Chung / Orchestra de l'Opera Bastille (DG)

韓国で編集されたと思しきチョン・ミュンフンの33枚組ボックスを私が購入したのは11年前のことである。その時にもボックスのことは記事にしているが,音楽については何も書いていなかった(その時の記事はこちら)。当時の記事にも書いているが,DGにおけるチョン・ミュンフンのレパートリーってのは一筋縄ではいかないというのは今も同様に感じる。今回,このボックスを取り出すのも久しぶりなのだが,買ってから全然聞いてないなぁと感じるほど放置状態が続いていた。

そうした中で,今回聴いたのが「シェヘラザード」と「火の鳥組曲」のカップリングである。変わったレパートリーが多いチョン・ミュンフンにしては往時のよくある名曲の組合せってのが珍しいということもあるし,当時のチョン・ミュンフンの指揮っぷりを考えれば,こういう曲も聞いてみるのもたまにはいいかって感じで取り出したものである。

正直言って,ストラヴィンスキーはさておき,私の場合,リムスキー・コルサコフなんて聞く機会は滅多にない。このアルバムのほかに唯一保有しているリムスキー・コルサコフは父の遺品のコンドラシン/ACO盤だけである。オーケストラを鳴らすにはいい曲だとは思うが,こういう曲は決して私の趣味じゃないんだから聞く頻度が上がらないのは当然で,オケの演奏ならほかの曲を優先するってのが正直なところ。まぁ,それでもこ こでの早めのテンポでかっ飛ばす「シェヘラザード」ってのも久々に聞いて,そのダイナミックな演奏に高揚感を得たってところである。こういう音楽はボリュームを上げて聞かなければダメなので,家人のいぬ隙をねらって(笑)聞くしかない。ということで,これを聞いたのも先日の週末に家人が出掛けた合間のことであった。

カップリングの「火の鳥組曲」は1919年版だが,この曲も聞かないなぁ。通常聞いているのはバレエ音楽の方だから,組曲の音源はこれぐらいしか保有していないはずである。それを放置しているのだから,聞くチャンスなんてほとんどなかったと言ってもよいのだが,「魔王カスチェイの凶悪な踊り」なんて,文字通り凶悪感がたっぷりで面白かった。それでもこの曲のフィナーレを聞いていると,ついついYesのライブのオープニングを思い出してしまうのが常の私なのだが...。

いずれにしても,たまにこういう音楽を聞くと新鮮な気分を得られるところもあって,やはり「放置」はいかんと思ってしまった。

2022年2月24日 (木)

ショパン・コンクール優勝前のArgerich。才気煥発,天才は天才と思い知らされる。 #MarthaArgerich

_20220222"Piano" Martha Argerich(DG)

私はMartha Argerichというピアニストの凄みは理解しているつもりである。彼女が70~80年代に録音した演奏は実に素晴らしいものが多かったと思うし,それ以前,それ以降でも絶対はずさないピアニストである。でも,このブログに彼女の記事をアップした回数はそれほど多くないのは,敢えて書かなくてもいい(またはそもそも必要がない)と思ったからだと言ってもよい。そんな私に鮮烈な印象を与えたのは彼女が弾いたバッハだった(記事はこちら)が,それに限らず,優れた演奏を残してきた人である。

私はMartha ArgerichがDGレーベルに残したソロ・ピアノのボックスを保有していて,私としては結構な頻度で聞いているとは思うが,バッハもよいし,シューマンも素晴らしいと思う。そんな中,件のボックスで私があまり聞いていなかったなぁということで取り出したのがこのアルバムである。これはArgerichが65年のショパン・コンクールで優勝する前に録音されたDGレーベル初録音だと思う。時は1960年,Argerichは19歳の頃である。

これを聴けば,優れたピアニストは若い頃から誰が聞いても優秀,あるいは主題の通り才気煥発と思わせるヴィヴィッドな魅力を感じさせるプレイヤーであったということを思い知らされるアルバムである。ジャケの雰囲気は後年のArgerichとは全く違う初々しさを感じさせるのは微笑ましいが,出てくる音はえげつないアーティキュレーションと言うべきだと思える。もはやどういう教育を受けたかと言うより,天賦の才能を示しただけと言いたくなるような演奏群である。

まだ成熟にはほど遠いかもしれない。しかし,このピアノを聞かされたら当時の聴衆はそれこそ目が点になったであろうと想像するに難くない演奏群。DGとしては先物買いのような感覚で残したレコーディングかもしれないが,最初期のレコーディングにしては,改めて聴くに値する演奏をしていたことを実証する演奏だと思う。プログラムもショパン,ブラームス,リスト,ラヴェル,プロコフィエフと何でもありなのだ。何でも弾けちゃうえげつなく凄いピアニスト。当時はそういう評価だったんだろうなと想像されるアルバムである。まだまだ青いArgerichということで,星★★★★。

尚,現在はジャケが変わっているようだが,私が保有するボックス・セットに入っているのが元々のジャケだと思う。これを継続使用するのは本人が嫌がったんだろうな(笑)。

Recorded in July 1960

Personnel: Martha Argerich(p)

2021年12月30日 (木)

2021年の回顧:音楽編

2021-best-albums
いよいよ今年の回顧も最後の音楽編である。このブログにも何度か書いているように,私の新譜購入のペースは,以前に比べると随分落ちた。そんな中で印象に残った新譜音源(星★★★★☆以上)については,ブログ右側の「2021年のおすすめ作」にアップしているので,そこが回顧する上でも基本になる。

しかし,回顧するもへったくれもなく,今年のベスト作はこれになるだろうなぁと思っていたのが2作ある。それが児玉桃の”Hosokawa/Mozart”と菊地雅章の"Hanamichi: The Final Studio Recordings"であった。この2作ともにこのブログに記事をアップしたのは3月であったが,その段階でこれを越えるものはないと思っていた。児玉桃については2006年録音の音源ではあるが,細川俊夫の「月夜の蓮(”Lotus under the Moonlight”)」の演奏があまりにも素晴らしく,私は唸ってしまった。もちろん,モーツァルトのピアノ協奏曲23番もいいのだが,何と言っても「月夜の蓮」である。

そして,菊地雅章だ。これも2013年の録音ではあるが,この作品について記事を書いた時の「命を削って紡ぎだされるフレージング」という表現には,いささかの誇張もないと思っている。それぐらい痺れる音楽であったと言わざるをえない。私にとってはこの2枚の印象があまりにも強かった。

そのほかでは新録音では,ジャズ界の不老不死,Charles LloydのMarvelsとのアルバムはいつもながらの優れた出来であった。記事にも書いたが突出した部分はないとしても,このクォリティの高さは尋常ではない。メンバーの貢献度も高かった。また,私が高く評価し続けるMarcin Wasilewskiの"En Attendant"はこれまた痺れる出来であった。Joe Lovanoを迎えた前作,"Arctic Riff"も悪くなかったが,私としては多少の違和感もあった。やはりこの人たちはトリオが一番いいと思う。また,Dave Hollandも年齢を感じさせないカッコいい音楽を作り続けていて凄いなぁと思う。音楽性をアルバム毎に変えてくることも立派。本当に幅が広いし,もう一人の主役と言ってよいKevin Eubanksのギターもよかった。

そして,年末になって現れたRobert Plant/Alison Kraussの第2作は滋味溢れる出来に嬉しくなった。Bruno MarsとAnderson PaakのSilk Sonicはソウルの楽しさを完璧なまでに打ち出していて,これまたいいものを最後の最後に聞かせてもらった気がする。全然タイプは違うが,現代音楽ではMichael WendebergとNicolas Hodgesによるブーレーズのピアノ曲全集。私の嗜好にばっちりはまるこの音楽は,決して万人向けではないとしても,この手の音楽好きにはたまらない魅力があると思う。

発掘ものもいいものがあったが,発見という意味ではJohn Coltraneの「至上の愛」ライブははずせないところ。いかんせん音がもう少しよければ...というところはあったが,歴史的音源であることは間違いない。むしろ,私が音楽として楽しんでしまったのがCharles Mingusのカーネギー・ホールでのライブ。その日の演奏をきっちり収めたこともに加え,演奏が何よりも楽しい。Mingusに対する私の勝手な思い込みやイメージを覆したのが本作だったと言ってよい。そして,Joni Mitchellのアーカイブ・シリーズ第2弾が実に素晴らしく,もはや第3弾が楽しみな私である。アナログでリリースされた初期4枚のアルバムのボックスも実によいのだが,ディスクがきつきつで取り出しにくいのが玉に疵(笑)。

ということで,新譜の購入枚数は減ったものの,今年もそれなりに楽しめた1年であったと思う。

2021年11月23日 (火)

オーケストラのライブ談議に触発されて,今日は"Great"

Tennstedt-box_20211123093301 ”Schubert: Symphony No.9 ’Great’” Klaus Tennstedt & Berlin Philharmonic Orchestra(EMI)

昨日,久しぶりに大学のサークルの先輩,同期とのこじんまりとした飲み会があったのだが,そこでのオーケストラのライブ談議に触発されて,久しぶりのクラシック・ネタである。

昨今,私がブログにアップするのは現代音楽のピアノが中心みたいになっていて,オーケストラの演奏は久しくアップしていない。児玉桃のECMからの細川/モーツァルトはあったが,純粋なオケのCDは昨年9月にTeodor Currentzisの「運命」をアップしたのが最後だ。そもそもライブにも全然足を運んでいないし,オーケストラの生演奏も最後に聞いたのはいつのことだったかすら記憶にない。

そんな私も以前は結構クラシックのライブに行っていたが,一番よく行ったのは約2年のNYC在住中であった。何せカーネギー・ホールやリンカーン・センターの定期のチケットは金のない私でも行けるレベルだったし,夏のタングルウッドだって,ちょこちょこ出かけることもできたのだから幸せなものである。それ以外で言うと,頻度からすれば通算して約8週間(初回が3週間,2回目が5週間),出張で滞在した1988年9月~89年初頭でのロンドンでのことだと思う。仕事のピークはシステム稼働のための年末年始だったが,それ以外は結構余裕のある滞在であった。9月は音楽シーズンの幕開けとも合致していたこともあるし,かつロンドンのオーケストラのライブはチケットが激安だったので,コンサート・ホールにはよく足を運んだのも懐かしい。王室がパトロンとなっていることもあるのだろうが,日本では信じられないような値段で聞けたのだ。

今日取り上げるシューベルトの「グレイト」も現地で聞いたのだが,私が入手したチケットは確か£2.90,当時のレートでも700~800円ぐらいだったはずである。そんな価格でKlaus Tennstedtが振るロンドン・フィルの演奏が聞けてしまったのだ。あの時はオケの後ろの席だったので,振っているTennstedtの表情がよく見えたのも懐かしい。

ってことで,今日は久しぶりにTennstedtがベルリンを振った演奏を聞いているのだが,久しぶりに聞くとオケの演奏はやっぱり高揚感があっていいねぇなんてことを思ってしまうのだから,私もいい加減なものだ。このEMIのボックス,激安と言ってよいもので,ショップによっては1枚200円もしない価格で入手出来てしまうが,たまにはちゃんとこういう音楽も聞かないといけないな。こうなったら,皆さんが昨日盛り上がっていた同じボックスに入っているブルックナーでも聞くとするか(笑)。

2021年10月16日 (土)

Ketil BjørnstadとDavid Darlingに触発されてGouldの「バード/ギボンズ集」を聴く。

_20211015 "A Consort of Musicke bye William Byrde and Orland Gibbons" Glenn Gould(Columbia)

昨日取り上げたKetil BjørnstadとDavid Darlingの"The River"のライナーには,一部の曲はバードとギボンズの音楽に触発されて書いたという記述があった。バードとギボンズの音楽については,私はこのGouldのアルバムと,Simon Prestonの"Early English Organ Music"の一部としてしか音源を保持していないから,正直言って馴染みは薄いのだが,Gouldのアルバムはそのバードとギボンズの曲だけで構成されていて,ついつい聞きたくなってしまったのであった。

もともとはヴァージナル(チェンバロ)のための音楽として書かれたこれらの曲をGouldのピアノで聴くということは実に感慨深い。そもそもGouldが残したレコーディングにおいて,バッハ以前の音楽はこれだけだというのだから,ますます貴重ということになるが,実に淡々と弾いている感覚が強い。

そもそも,現在私が保有しているGouldの音源はこれ以外は全てバッハなのだが,どうしてもこのアルバムだけは手放すことができないと言ってよいぐらい好きなアルバムである。とは言っても,これを聴くのも実に久しぶりだが(爆)。常に才気を感じさせるGouldのバッハに比べると,上述の通り,あっさり感すら覚えるが,これが実に味わい深いのである。バッハの演奏とは比べるべきではないと思うが,それでも十分に星★★★★☆には相当するだろう。

Ketil Bjørnstadがバードとギボンズのどこにインスパイアされたかはさておき,改めてこのアルバムを聴く機会を与えてくれたことはよかったと思う。

Personnel: Glenn Gould(p)

Recorded on May 26, June 14, 15,1967, on August 1, 1968 and April 17 & 18, 1971

2021年6月16日 (水)

Brad Mehldauの新作なのだが,さすがにこれは困った。

Variations-on-a-melancholy-theme "Variations on a Melancholy Theme" Brad Mehldau / Orpheus Chamber Orchestra(Nonesuch)

Brad Mehldauの新作がリリースされた。今回はOrpheus Chamber Orchestraとの共演によるクラシック風味の強い変奏曲ということで,越境型ミュージシャンとしてのBrad Mehldauの面目躍如のようなアルバムと言ってもよいのだが,私にとっては微妙なものとなった。それは私がBrad Mehldauの大ファンだからと言っても変わらない。

そもそもこの演奏は最新録音ではないはずである。Brad MehldauがOrpheus Chamber Orchestraとこの曲を演奏したのは2012年あるいは13年の音楽シーズンであった。コロナ禍で演奏活動に制約が生じている中で,古い音源を引っ張り出してきたってことかもしれないが,それにしても,このオーケストレーションは中途半端って気がする。もともと,この曲はKirill Gersteinのピアノ・ソロのために書かれて,そこにOrpheus Chamber Orchestraからの委嘱によってオーケストレーションが付加されたもの。しかし,オーケストレーションとしては,正式にはまだリリースされていないが,Brad Mehldauが書いたピアノ協奏曲の方がまだ面白みがあったように思える。Brad Mehldauのピアノには文句はないのだが,オケとの共演によるシナジーが効いていると思えないのだ。

しかし,私としてもVariationとしての「変奏ぶり」については詳細に聞けていないところもあり,ちゃんとした評価はそれからでもいいのだが,何度か聞いてもあまり惹きつけられる要素が感じられていないのが残念である。まぁ,Brad Mehldauとて,こういう音楽は習作ってところもあるだろうし,時期的にも結構前だけに,こんなもんかなぁってことか。

最後の曲の後に拍手が入っているが,ライブ音源のデータも記述されていないし,実によくわからないつくりなのも不思議である。おそらくは2012年もしくは13年のシーズンに録音されていたものってところだろうが,敢えて今リリースする理由はあったのか...。

Personnel: Brad Mehldau(p) with Orpheus Chamber Orchestra

2021年3月15日 (月)

児玉桃のECM第3作は2006年録音の持ち込み音源だが,これが実に素晴らしい。

_20210313-2 ”Hosokawa/Mozart” 児玉桃,小澤征爾,水戸室内管弦楽団(ECM New Series)

児玉桃のECMにおける2作は大変素晴らしい作品であった。本作は前作"Point and Line"でも取り上げた細川俊夫とモーツァルトというまたECMらしい異色の組み合わせってところなのだが,ここで冒頭に演じられる細川俊夫の「月夜の蓮(”Lotus under the Moonlight”)」は,モーツァルトの生誕250周年を記念して書かれたものであり,「モーツァルトへのオマージュ」という副題まで付いているから,プログラムとしては一貫性があるものなのだ。児玉桃はその初演者であった。

そして,この音源は2006年に録音されたものであり,プロデュースにはManfred Eicherの名前もないので,明らかに持ち込み音源である。そもそもECMで小澤征爾の名前を見つけるとは全く想像していなかったが,そうした音源をリリースするという判断を下したのはManfred Eicherであるはずなので,その審美眼にかなった演奏であることは言うまでもない。

このアルバムにおけるポイントがその細川の「月夜の蓮」であることには疑う余地がない。もちろん,モーツァルトのP協23番なんてのは誰もが知る名曲であり,児玉桃と小澤征爾の組合せによる演奏が悪いはずはない。しかしである。このアルバムがリリースされた要因はやはり「月夜の蓮」ゆえであろう。この細川とモーツァルトの曲間のギャップこそがこの音楽を楽しむためのコアとなるからである。おそらくManfred Eicherもそれを評価したはずだと思う。「月夜の蓮」がクールかつ静謐な感覚を与えるのに対し,モーツァルトの暖かさが「月夜の蓮」で生まれた緊張感を弛緩させてくれることこそがこのアルバムのキモだろう(少なくとも私にとってはそうだ)。

こういう演奏/プログラムには本当に美学を感じるが,水戸の聴衆も生で聞いていた時には同じような感覚を覚えていたと思う。録音から時間が経過した音源であることを全く感じさせない傑作。星★★★★★。

甚だ余談ではあるが,私の亡くなった父はモーツァルトを偏愛していたが,父が最も好きだったP協はこの23番である。本当にしょっちゅうこの曲を聞いていたのを思い出してしまった。父がこのアルバムを聞いたらどういう感想を言うか聞いてみたい気がした私である。

Recorded Live at 水戸芸術館 in December, 2006 

Personnel: 児玉桃(p),小澤征爾(指揮),水戸室内管弦楽団 

2021年2月25日 (木)

何年も寝かせてしまったKyung Wha Chungのバッハ無伴奏。

_20210221-3 ”Bach: Sonatas & Partitas" Kyung Wha Chung (Warner Classics)

このCDがリリースされたのは2016年のことである。私はかなり早い時期にこのアルバムを入手していたはずだが,ブログに記事もアップしていないし,ちゃんと聞いた記憶もない。何をやってるんだかって気もするが,ついついそういうエアポケットに落ちたアルバムとなってしまったと言ってもいいかもしれない。

私の亡くなった父がヴァイオリンを弾いていたこともあり,遺品には結構多くのヴァイオリン作品があった。前にも書いたが,父の好みと私の好みは全然違っていたが,それでもヴァイオリンの作品を聞くようになったのは父の影響がないとは言えない。そういうこともあり,私がかなり初期に買ったレコードにはHenryk Szeryngのバッハの無伴奏があった。今となってはなんで?って気もするが,そういう音楽も高校時代には聞いていたのだ。

それから幾星霜,時は流れて,私が保有するバッハの無伴奏の全曲盤はGidon KremerのECM盤だけになっていたと思うが,そこに現役としてレコーディングを再開するKyung Wha Chungの復活を祝って,このアルバムも購入したはずである。それでもなんでこんなに長期間「寝かせてしまった」かについては,「たまたま」としか言えない。まぁ,既にDeccaにパルティータ2番とソナタ3番は吹き込んでいたし,後に発掘された東京でのライブでも演奏していたが,重要なのは全曲録音ってことだ。

多くの人が彼女に抱くイメージは「シャープ」,「パッション」,あるいは「アグレッシブ」っあたりが妥当ではないかと思うが,長きに渡る隠遁生活から復帰して,どう変わるかには当然注目する。私は2013年に彼女のリサイタルも聞きに行っている(記事はこちら)が,それ以上にこのアルバムへの期待値は大きかったはずなのだ。結果的には円熟という表現しか見つからないが,往年の切れ味の鋭さよりも,落ち着いた感じがするする。まぁ,彼女の年齢を考えれば,そうなるのも当然で,以前と同じようにとはなることはないとしても,これはこれで立派な演奏だと思った私である。今更ながらではあるが,これを生で聞きたいと思ってしまった。星★★★★☆。

Recorded on February 19-21, March 24-26, April 3-5 and May 30-June 1, 2016

Personnel: Kyung Wha Chung(vln)

2020年11月28日 (土)

バルトークの弦四を聞いて思ったこと。

_20201127 "Bartok: String Quartets Nos.1-6" Alban Berg Quartet(EMI)

在宅勤務が続いて,気まぐれでクラシックを聞く機会も増えた私だが,今日はバルトークの弦四である。私がこのアルバムを聞いていつも思うのはバルトークの音楽の「スリリングな響き」ってところか。

私は真っ当なクラシック音楽のリスナーではないので,普通の人の感じ方とは合致しない部分があるという前提で言うが,感覚的に言ってしまうと,大概の場合,バルトークを聞いていると私は何とも言えない高揚感をおぼえるのだ。それは今回聞いている弦四でもそうだし,管弦楽曲でもP協でもそうなのだ。私の中の血をたぎらせるという感覚がバルトークの音楽にはついて回る。

それは私が変態な証拠だと言われれば反論の余地はないのだが,モーツァルトやベートーヴェンと異なる感覚を私にいつももたらしてくれると言っても過言ではないのだ。いつ聞いてもバルトークの音楽に反応してしまうのは,バルトークのヴァイオリン・コンチェルトが異常なまでに好きだった父の「血」なのかもしれないが,好みは遺伝するってのを強く感じてしまう。せっかくなので,明日は東京クァルテットで全集を聞いてみようかな(笑)。あるいは同じAlban Berg Quartetで「ハイドン・セット」にするか...。

今回は全集全部を聞いてないので星はつけないが,やっぱり好きだわ,バルトーク。と思いつつ,こういう機会ってなかなかなかったなぁってところで,在宅勤務に感謝だな(爆)。

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