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カテゴリー「クラシック」の記事

2023年1月21日 (土)

改めて生オケを聴きたくなり,今回は「アルプス交響曲」ほか。

Suntory-hall

昨年,Nelsons/ボストン響でショスタコの5番を聞いて以来,オーケストラの生演奏の魅力を再確認してしまった私である。その後,Slatkin/N響でコープランドを聞いて,今度は山田和樹が振る読響で,リヒャルト・シュトラウスの「アルプス交響曲」を聞くべく,久々にサントリー・ホールに行ってきた。私がサントリー・ホールに行ったのは,Brad Mehldauのトリオを聞きに行って以来だと思うが,このホールでオーケストラを聞くのは,はるか昔のSinopoli/フィルハーモニアのマーラーの「復活」以来ではないか?あれは私が地方勤務をしている頃だったので,1987年のはずである。何とまぁって感じだが,それだけオーケストラのライブとは縁遠い生活を送っていたってことだ。考えてみれば,なんてこった!ってところだ(爆)。まぁ,一時期はクラシックだけでなく,ライブそのものからも離れていたから,仕方ないと言えば仕方ないのだが...。

それでもって,ショスタコで目覚めたというのはやはり「大編成」オケの魅力である。「アルプス交響曲」はその編成の大きさもあって,これは聞きに行ってもいいなと思って,急遽参戦したのであった。実のところ,チケットを買ったのは3日前という実に気まぐれだったのだが,今回もオーケストラのサウンドを十分に楽しんだと言える。

今回の演奏会では第一部で矢代秋雄の交響曲を演奏したのだが,これが予想以上に面白かった。現代音楽的な響きと言うよりも,私には和風の旋律も交えた映画音楽のように感じられる瞬間もあった訳だが,吹奏陣,打楽器陣の活躍の場も多く,山田和樹が飛びながら(本当にジャンプしていたのだ:笑)指揮しているのには思わず笑ってしまった。しかし,この曲も編成は非常に大きなもので,オケのダイナミズムを感じさせるに十分であった。

そしてメインの「アルプス交響曲」であるが,正直言ってしまえば,私はオケのレパートリーとしては人気のあるリヒャルト・シュトラウスの交響詩を好んで聞いてきたとは言えないし,「アルプス交響曲」とて,その音楽の物語性は劇的だとは思いつつ,まぁそれはそれでいいじゃんぐらいの思い入れの無さである。まぁ,それでも今回の演奏では客席に別動隊のバンダも配して,大編成オケならではの演奏であった。ただ,この曲が夜に始まり,夜に終わるという構成ゆえ,聴衆の熱狂は誘いにくいところもあるような気がする。実に安直な言い方をすれば,フィナーレは「ぐうゎ~っ」(笑)と終わって欲しいというのが私の感覚である。それはこの曲の本質を理解しておらん!とお叱りを受けそうだが,ライブは熱量を上げたいと思ってしまうのだ。この曲自体は中盤にその「ぐうゎ~っ」が来てしまうから,そこで上がった熱量を維持できればそれはそれでいいのだが,それが難しいのも事実のように思える。

いずれにしても,やはり生演奏はいいよねぇと改めて感じさせてもらった一夜ではあったが,私は矢代の交響曲の方がリヒャルト・シュトラウスよりも楽しんでしまったかもしれないな。さて,次は何に行こうかな(笑)。

Live at サントリー・ホール on January 19. 2023

Personnel: 山田和樹(cond),読売日本交響楽団

2023年1月 2日 (月)

新年を穏やかにバッハのリュート組曲で過ごす。

_20221229 "J.S.Bach: Lute Music" Jakob Lindberg(BIS)

年明け早々は在宅する家族の手前,賑やかな音楽をプレイバックする訳にもいかない(苦笑)。よって穏やかな音楽を選ぶ必要(しかも音量を絞ってのプレイバック) があるので,今回選んだのがJakob Lindbergによるバッハのリュート音楽全集。ギター版はGöran Söllscherのアルバムを長年愛聴している私だが,リュート版はこれってことになる。

リュート音楽と言っても,無伴奏チェロや無伴奏ヴァイオリン曲を編曲したものも含まれるので,馴染みのメロディ・ラインも出てくるが,リュートにはリュートならではの響きがあって,実に落ち着いた感触を与えるもので,静かに時を過ごすには最適なのだ。

ジャケにも写っているが,Lindbergが使用しているのは13コースのバロック・リュート。一体どうやって弾くのかってのはよくわからないが,実にいい音だよねぇ。こういうのを礼拝堂で録音して,適度な残響を得るってのも,この音楽の魅力を増していると思う。正月にはこういう音楽もいいねぇ(笑)。

Recorded on July 1 & 10,1992

Personnel: Jakob Lindberg(lute)

2022年12月25日 (日)

Glenn Gouldの”Goldberg Variations”のアナログ盤を買うのも無駄遣いと言えば無駄遣いだが...。

Gould "J.S. Bach: Goldberg Variations" Glenn Gould(Columbia)

アナログの復権著しい昨今である。私としては以前保有していたアナログを売って,CDに置き換えたものも多数だ。いまやCDは中古市場に売りに出してもほぼ二束三文のような価格しかつかないことを考えれば,もったいないことをしたと思うものもある。しかし,時代の流れの中でアナログ→CDの流れは避けられなかったというのが実感である。

だが,本作のようにアナログ→CDへの転換が本格的に進む時期直前にリリースされたアルバムは,最初の購入からCDを選択していた私だ。このアルバムが最初に出たのは82年9月のことだから,まだCDは本格的には普及していない頃だろう。私がCDプレイヤーを買ったのは多分もう少し後のことだったと思うが,当時はCDの方が音がいいと信じられていたから,本作なんかは最初からCDで買うという選択肢しかなかったように思う。例えば,私が最初期に買ったCDはBruno Walterのハイドンだったと思うが,録音が古い割に真っ当な音だと思っていたのは事実だ。そんなこともあって,まだCDが1枚¥3,800で売られていたという時代でも,これから買うならアナログよりCDだと思ってしまったのであった。私が現在保有している本作のCDにも¥3,800の価格表示がされている。

しかし,アナログがこれだけ復権すると,どうしてもこの演奏をアナログで聴いてみたいとついつい思ってしまうのが「性」である。正直言って現在のアナログ盤は割高で,これも以前だったら諦めていたかもしれない価格だ。しかし,たまたまショップのポイントもそこそこたまっていて,定価の半額以下で買えるならまぁいいかということでの購入と相成った。

実を言えば,私はGouldの"Goldberg"に関しては,ここのところ55年盤ばかり聞いていて,この81年盤を聞くのは実に久しぶりのことであった。だから,冒頭のアリアを聞いて,わかっていたとは言え,ここまでテンポが違っていたかと感じてしまったというのが実感であった。55年盤より13分遅いというのは尋常なことではないが,この演奏ぶりには,これはもはやGouldのスワン・ソングとしての"Goldberg"であったのかと思わざるをえない。

55年盤と81年盤のどっちがいいかという議論もあるが,どっちもいいと思えばいい。同じ人が演奏しても,全く違う演奏になるところにミュージシャンとしての成熟,あるいは変化が刻まれているのだと思えば,どちらもGlenn Gouldだよなと思ってしまった。今回,改めてこの81年版を聴いて,やはりこれは決定的名演の一つだったと改めて感じた次第。星★★★★★以外はありえまい。

しかし,この時のセッションの模様を網羅した11枚組というのも出ているが,それはそれでドキュメンタリーとしては面白いかもしれないが,そこまで追う財力もないし,私には完成テイクで十分である。

Recorded on April 22, 25, May 15, 19 & 25, 1981

Personnel: Glenn Gould(p)

2022年12月21日 (水)

「展覧会の絵」ピアノ版:これがオリジナルだとは言え,原体験がオケやEL&Pだとどうもなぁという感じも...。

_ 「ムソルグスキー:展覧会の絵/ショスタコーヴィチ:24の前奏曲(抜粋)」Lazar Berman(Deutsche Grammophon)

主題の通りである。クラシックではラヴェル編曲のオーケストラ版,ロックではEL&Pのアダプテーションが私のこの曲に関しては原体験としてある。ムソルグスキーのオリジナルがピアノ曲だとはわかっていても,オケ版やロック版のぐわ~っとした感じがこの曲の基本となってしまった人間には,ピアノ・ヴァージョンがどうしても地味に思えてしまうのは致し方がないところだろう。

この曲はムソルグスキーのメロディのセンスを楽しめばいいのだという話もあるが,それでも身体がこの曲には劇的な「盛り上がり」を求めてしまうのだ。こればかりは仕方がないとは思いつつ,正当なクラシック・ファンからすれば,邪道と言われても仕方がない。しかし,この曲についてはピアノ版とオケ版のカップリングってのも結構あるから,「聞き比べ」という意味に加えて,やはりオケ版が好きな人が多いのではないかと思ってしまうが,どうなんだろう?

それでもって,私が保有しているピアノ版は多分このBerman盤だけのはずだが,それはDGにおけるBermanのレコーディングを集成したボックスの一枚としてである。そもそもそのボックスをどういうつもりで買ったのかも覚えていないが,価格的に手頃だったからというのが一番の理由に違いない(きっぱり)。

この音源,後半にはショスタコの「24のプレリュード」から10曲演奏されているが,どうせなら全曲聞いてみたかったと思うのは私だけではないかもなぁ。結構好きなんだよねぇ,この曲(笑)。

Recorded in April, 1977 and June, 1978

Personnel: Lazar Berman(p)

2022年12月19日 (月)

これも久々に聴いた高橋悠治の「ゴルトベルク変奏曲」

_20221217-3 "J.S. Bach: Goldberg Variations" 高橋悠治(AVEX)

主題の通り,これを聴くのも実に久しぶりのことだ。そして感じるのは,この演奏は好き嫌いがわかれそうだなということである。冒頭の「アリア」からして,一筋縄でいかない感覚を呼び起こす。一言で言えば,妙に引っ掛かったような演奏なのだ。なるほどこういう表現もあるのかと思わせるが,変奏に入ると,もう少し真っ当な感じにはなるのだが,テンポ設定もへぇ~と思わせる部分もあれば,やはりフレージングも個性的と感じる部分も残存している。

私が聞いていて思ったのは,何となくチェンバロの演奏を思わせる部分があるかもなぁって感じだったが,それでもやはりこの演奏はかなり変わっているというのが正直なところである。

Gouldの演奏に慣れ過ぎてしまっているのか,はたまたSchiffの旧盤のような演奏を好むからなのか,私としては不思議さが勝って,今一つ没入感がなかったというのが正直なところだが,これも演奏者の個性だよなぁって改めて感じるアルバムであった。星★★★★。

Recorded on July 6-8, 2004

Personnel: 高橋悠治(p)

2022年12月11日 (日)

改めてRadu Lupuを偲んで。

Lupu"Schubert: Impromptus" Radu Lupu(Decca)

今年の4月にRadu Lupuがこの世を去ったが,私にシューベルトのピアノ音楽の魅力に気づかせてくれたのは,Radu Lupuその人だったと言ってよい。正直言って,私は極めて偏ったシューベルトの音楽の聴き方をしていて,Lupuのピアノ演奏以外では,Peter Schreierのギター伴奏版「美しき水車小屋の娘」を偏愛するのみというのが実態である。それ以外は「グレイト」があるぐらいで,ほとんどCDも保有していないはずだ。だからお前にシューベルトの何がわかる?と言われれば,返す言葉はないが,それでもLupuの弾くシューベルトには何とも言えない魅力を感じるし,Lupuを聴いていなければ,ほかのピアニスト(と言っても内田光子だけだが...)のシューベルト演奏を聞きに行こうなんて思わなかったはずだ。

Lupuのシューベルトを聞いてから,ほかのピアニストのシューベルトも聞いたことはあったのだが,あまりピンと来なかったというのが実態で,今,手許に残っているのはPolliniぐらいである。しかし,それを聞いてもPolliniはシューベルト弾きじゃないよなぁとしか思っていない。Lupuの持つリリシズムに満ちた演奏こそが,私にとってのシューベルトのピアノ音楽なのだ(きっぱり)。

_20221210 改めて,今回即興曲集を聞いてみて,私はLupuのタッチに魅力を感じているのではないかと思えた。音そのものが私の感覚にフィットするというところなのだろうと思えた。尚,私が保有しているCDのジャケは右のものだが,オリジナルもこっちもどっちもどっちって感じだな(笑)。

いずれにしても,Radu Lupuは素晴らしいシューベルト弾きであったと思わせるに十分。つくづく惜しい人を亡くした。

R.I.P.

2022年11月22日 (火)

Viktoria Mullovaのヴァイオリン・リサイタル:面白いプログラムであった。

Mullova-beatson

私には実に珍しいことだが,今月に入って3度目のクラシックのコンサートである。クラシックに関しては,こんな頻度でコンサート・ホールに通うのは多分NYCに住んでいた頃以来のことである。あの頃は結構Carnegie Hallとか複数の定期会員になっていたから,そこそこの頻度では行っていたと思うが,それでもジャズやロックを聴くのも忙しかったので,クラシックだけで月3回は行ってないかもなぁ。まさに気まぐれと言われてしまえばその通りだが,今回の主役であるViktoria Mullovaは亡き父のお気に入りだったようで,遺品として彼女のCDが結構残っていたのだ。そんなこともあって,父は彼女の生は聞いていないと思うので,父に代わってというつもりで聞きにいった。

場所は三鷹の武蔵野市民文化会館小ホール。キャパ429人というナイスなホールだ。私が前にここを訪れたのはDanny Grissettのライブまで遡る。ブログでチェックしたらもう10年近く前のことである(記事はこちら)。それはさておき,Viktoria Mullovaというヴァイオリニストはもう少しメジャーな存在だと思っていたが,このホールでもフルハウスにならないというのはちょっと不思議なことであった。いつものことながら,武蔵野市民文化会館でのコンサートは聴衆の平均年齢が無茶苦茶高いのだが,武蔵野市民にはViktoria Mullovaの知名度はそれほどでもなかったのか?って気がしてしまう。

だが,今回のリサイタルは面白いプログラムであった。第一部はピリオド楽器(ガット弦)によるベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ4/7番,第二部がモダン楽器に持ち替えて,武満徹の「妖精の距離」~Arvo Pärtの"Fratres"の連続演奏+シューベルトのロンド ロ短調D895というもの。しかも前半は伴奏はフォルテピアノ,後半はモダン・ピアノという徹底ぶりであった。この構成でのヴァイオリンの音色の違いを味わうのも一興であったが,現代音楽にはまっている昨今の私にとっては,武満~Pärtが面白かった。武満の「妖精の距離」はアブストラクトでありながら,そこはかとないロマンティシズムを感じられる一方,Pärtの"Fratres"はダイナミズムもありながら,個性的な響きを生み出していて,聴きながら,おぉっ,いいねぇなんて思っていたのであった。その後にシューベルトを持ってきて,多分アンコールはベートーヴェンのソナタ5番からだったと思うが,ピリオド楽器とモダン楽器の聞き比べみたいなかたちで演奏が聞けるってのは初めての体験であったし,大いに楽しんだ私であった。

全く余談ながら,Viktoria Mullovaのポートレートを見て,彼女も随分老けたなぁと思ったら,私より年長者だったのねぇ。しかし,ヴァイオリンの腕には全く問題はなかったし,ピアノのAlasdair Beatsonは堅実かつ適切な伴奏ぶりであった。さて,クラシックは次は何を狙うかねぇ...(笑)。

Live at 武蔵野市民文化会館小ホール on November 21, 2022

Personnel: Viktoria Mullova(vln), Alasdair Beatson(fortepiano, p)

Photo_20221122002801

2022年11月19日 (土)

私には珍しく,N響定期でコープランドを聴いた。

Slatkin-with-nhk-symphony

先日のNelsons/ボストン響で聞いたショスタコの5番の興奮も冷めやらぬ中,私としては実に珍しいことなのだが,極めて短いインターヴァルで,またオケを聴きに行った。今回はLeonard Slatkinが振るNHK交響楽団なのだが,プログラムはコープランドの「アパラチアの春」と「ロデオ」のフル・ヴァージョンというプログラム。

NHKホールに行くのはいつ以来か記憶が曖昧だが,昔,全く似合わないと言われても仕方がないが,バレエの切符のもぎりのバイトしたことがあったなぁ。最後に演奏を聞きに行ったのはMetheny~Mehldauだったか。

それはさておき,コープランドの音楽については,これまでオーケストラの演奏はほとんど聞いたことはなかった私だが,ロック・ファン,ジャズ・ファンなら,前者はEL&Pが,後者はOliver Nelsonが「ブルースの真実」で,それぞれコープランドが書いた"Hoe-Down"を演奏しているという点で馴染みはあるはずだ。EL&Pはそれだけでなく,「庶民へのファンファーレ」もやっているしねぇ。

ということで,完全に気まぐれではあるが,今回はオーケストラでコープランドの曲を聞いてみたくなってしまった私であった。曲としては編成も大きいし,"Hoe-Down"も入っている「ロデオ」の方に期待をしていたたのだが,今回のコンサートは「アパラチアの春」も含めて,全編を通じて実に楽しかった。でもやっぱり「ロデオ」の方が盛り上がったのは間違いないところ。

コープランドの書く曲はいかにもアメリカ的な響きを持つものだと思うが,聞いていて,昔の西部劇の音楽はコープランドの影響を受けているかもなぁなんて漠然と思っていた私である。例えば,Jerome Morossが書いた 「大いなる西部」や,Elmer Bernsteinが書いた 「荒野の七人」なんかが,演奏中も私の頭の中でぐるぐるしていた(笑)。

更に,今回観ていて思ったのは,オケのメンバーも演奏を楽しんでいたのではないかと思ってしまう。クラシックのコンサートであれほどオケの奏者たちが楽しそうに演奏しているのは初めて見たって感じなのだ。カーテン・コールで撮った上の写真でのLeonard Slatkinや,オケのメンバーの表情を見ればわかってもらえるのではないかと思うが,こういう難しさを感じさせない音楽ってたまにはいいよねぇと思ってしまったのであった。

とにもかくにも,あぁ~楽しかったと思える演奏であったが,次に行くのがなんとViktoria Mullovaのリサイタルって,なんか私もはじけてるなぁ(笑)。Viktoria Mullovaは亡き父が結構好きだったので,その名代ってことにしておこう。

Live at NHKホール on November 18, 2022

Personnel: Leonard Slatkin(cond), NHK交響楽団

2022年11月13日 (日)

ショスタコに燃えた夜(笑)

Nelsons_bso

久しぶりにクラシックのコンサートに行ってきた。Andris Nelsonsが振るボストン交響楽団に,ソリストに内田光子を迎えてベートーヴェンの「皇帝」に,ショスタコの5番というそそられるプログラムであった。

こういうプログラムゆえ,東京のチケットは早々に売り切れてしまったが,諦めきれない私は大阪のチケットをゲットし,フェスティバル・ホールに出向いたのであった。結論からすれば,「皇帝」については,ソリストの内田光子がよかったのは,彼女の実力からすれば当然と思うが,第1楽章はオケが慣らし運転みたいな感じで,どうも高揚感を得られないように感じていた。この曲にはもう少しドライブ感が欲しいのだ。それは第3楽章では解消したので,文句は言うまい。

それよりも何よりも今回はショスタコである。先日,Leonard Bernstein/NPOの東京でのライブ盤を聞いて,生でこの曲を聴きたいと思ってしまったのが,今回このチケットを入手した要因ではあったが,大編成オーケストラの魅力をつくづく感じさせてくれた。とにかく弦も管も素晴らしい鳴りで,内心私は「くぅ〜っ」となっていたのであった。

曲が曲だけに興奮するのは当然としても,私は音場に身を委ねる至福を覚えていたと言っては大袈裟か。PP〜FFのメリハリもよく,実に素晴らしい演奏であった。こういうのを聴いてしまうと,たまにはオケも聴きに行こうってモチベーションが高まった私である。ってこともあって,次はLeonard Slatkin/N響のコープランドだ!(笑)。いずれにしても,財布には痛かったが,いいものを聞かせてもらった。

Live at フェスティバル・ホール on November 11, 2022

Personnel: Andris Nelsons(cond), 内田光子(p),ボストン交響楽団

2022年11月 8日 (火)

こんなアルバムはECM New Seriesでしか作れないと思ってしまう”L’Aurore”。

_20221106 "L’Aurore" Carolin Widmann(ECM New Series)

Carolin Widmannはドイツのヴァイオリニストで,現代音楽を得意とするらしい人らしい。このアルバムはCarolin Widmannのソロ・ヴァイオリンによる作品なのだが,現代音楽だけならさておき,ここでの選曲ってECM New Series以外ありえないだろうと言いたくなるようなものなのだ。

そもそも冒頭のHidegard von Bingenは中世ヨーロッパ最大の賢女と言われているらしい宗教家であり,神秘家であり,そして作曲家らしい。ここに収められた"Spiritus sanctus vivificans vita"も元々は聖歌として作られたもののはずで,そのメロディ・ラインをヴァイオリンで奏でたものと思われる。そして間に近現代の作曲家(全然知らない)の曲をはさんで,最後を締めるのがバッハの無伴奏パルティータ2番なのだ。こんなプログラムって,ヴァイオリンのソロ・リサイタルならないとは言えないかもしれないが,アルバムとして残してしまうのが,ECM New SeriesのECM New Seriesたる所以である。

ECM New Seriesっていうのは古典と近現代音楽をマージするというのが実に得意だと思うが,これはおそらくManfred Eicherの指向によるものと思える。そして,こういう異質の音楽の同居が実に新鮮な感覚を生むということを,私はこのレーベルのピアノ音楽でも経験している。Alexei Lubimov然り,Anna Gourari然りである。そして,それは楽器が変わって,ヴァイオリンでも全く同じであった。結局,こういうのが私の嗜好にもマッチするってことだが,Manfred Eicherの術中にまんまとはまっているだけなのかもしれない。この記事を書くにあたって,過去の記事を振り返ってみると,Alexei Lubimovにそろ,Anna Gourariにしろ,ほとんど同じようなことを書いているのは,私の表現能力の限界だが,同じ感覚を与えるということこそが,Manfred Eicherの狙いだと思ってしまう。

しかし,バッハはさておき,こういうアルバムでないとおそらく接することのなかったであろう音楽を聞くことができたのは,偏にECM New Seriesというレーベル・パワーだったということなる。だからこそ,ECM New Seriesのアルバムは侮れないし,ちゃんとフォローしないといかんのである。私の場合は器楽曲専門みたいな感じだとしても,そこで何度もはまっているのも事実なのだ。

このアルバムも,傾聴するもよし,聞き流すもよしのオプションを与えてくれるアルバムだと思う。星★★★★☆。

Recorded in July, 2021

Personnel: Carolin Widmann(vln)

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