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カテゴリー「現代音楽」の記事

2021年9月17日 (金)

私の好物と言ってよい定冠詞付きの現代音楽,ブーレーズのピアノ曲全集。

Boulez "Pierre Boulez: Constellation-Miroir" Michael Wendeberg / Nicolas Hodges(Bastille Musique)

私が現代音楽のピアノ曲が結構好きなことは,おそらくこのブログの読者の皆さんにはバレていると思うが,そうした私の趣味嗜好に合致するアルバムの登場である。

私にとってはPierre Boulezは指揮者としての位置づけの方が強く,彼の作曲した音楽にはほぼ接することなく過ごしてきたと言ってもよい。だが,彼の指揮する音楽にはなるほど,そういうこともあるよなと感じさせるような理知的な解釈が感じられて実に面白いと思うことも多かった。最も印象深かったのはロンドン響とやったベルリオーズの「幻想」だったかもしれない。「断頭台への行進」のテンポの設定って,まさに解釈としてはこれが正しいのではないかと思っていた。

それはさておきである。このアルバムはそのBoulezのピアノ曲をすべて録音したアルバムということらしい。そこには主題の通り,"The 現代音楽"と言ってよい響きがディスク2枚に渡って収められている。私が現代音楽のピアノ曲を聴く場合,何が好みかと言えば,そこに示される「間」なのだが,ある意味フリー・ジャズの時として苛烈な音列と対極にあるような,この「間」こそが私にとって快感なのだ。そして,このアルバムもそれがたまらないのだ。

世界発録音を含む二手と四手のピアノ曲の集成として,それはそれとして価値があると思えるが,私としてはそれよりもこの響きに身を委ねていることが重要ということで,実に邪な聞き方と言われても仕方ない。それでもこの清冽な響きこそが,私が現代音楽のピアノに求めるものである。リリースされたことの重要性も含めて星★★★★★としよう。

それにしても,本作をリリースしたBastille Musiqueというレーベル,パッケージングには相当のこだわりを持っているようだが,ボックスの体裁は昔のブートレッグのようでもある。しかし,箱を開けると結構凝った作りって感じなのはユニークだと思った。これもレーベルとしてのこだわりなのかもしれないが,ここまでやらなくてもって思うのも事実。まぁ,でも音楽がよければそれでいいのだが,私としてはECMライクな方がいいなぁ(笑)。

Recorded between 2018 & 2020

Personnel: Michael Wendeberg(p), Nicholas Hodges(p)

2021年4月 6日 (火)

これはもの凄い!「高橋アキの世界」。

Piano-space 「高橋アキの世界(”Piano Space”)」高橋アキ(EMI)

前々からこのブログにも書いているが,私は現代音楽のピアノ曲がかなり好きである。アブストラクトな音場に身を委ねると心地よいというのが一番の要因だが,それって変態だって言われても抗弁できないとは思う。しかし,好きなものは好きなのだ。

そうは言いながら,Peter Serkinは例外にして,ほぼECM New Seriesが私のそうした音楽の鑑賞の中心になってしまっていて,それ以外のフォローは決して十分とは言えない。そんな中で,たまたまオークション・サイトで見つけたこの3枚組のアルバムは,「おぉっ,これは...」と思わせるに十分なプログラムである。最初の2枚は日本人作曲家,3枚目が海外の作曲家というくくりになっているのだが,まさに「The 現代音楽」である。これは買わずにおれん,聞かずにおれんということで,オークションでゲットしたのだが,見本盤であることはさておき,今から50年近く前の古いレコードなので,ボックスも傷んでいた(死ぬまで売る気はないので,自分で補修した...)が,それでもレコードはほとんどプレイバックされた形跡がない綺麗なもので,全然文句なしである。こういうのは聞ければいいのである。

そして,私が期待した通りの「The 現代音楽」が全編にわたって展開されるという全くもって素晴らしいレコードである。2009年にはタワー・レコードでCD復刻されたようだが,そんなことには全然気づかずであった私が悪い,というかその頃はそこまで現代音楽にはまっていなかったとも言える訳で,今から考えれば買っておけばよかったと思わざるをえない。

しかし,今回,アナログで入手して,これは一枚,一枚ひっくり返しながら聞くという楽しみがあるなぁと思っていた私である。まじでこれははまる。いや,最高である。ここでの高橋アキのピアノの響きを聞いていれば,すぐにその世界に没入できる。クリアにして見事な粒立ちのピアノの音を聞いているだけで至福の時間が過ごせる。これはまさに私のツボにはまった音楽であり,サウンドであった。「明晰」とはこういうことなのかと思いたくなる。星★★★★★。最高である。大げさに言えば人生の宝ともなるな。

Recorded in 1972 and 1973

Personnel: 高橋アキ(p, el-p), 祖堅方正(tp)

2021年3月29日 (月)

雨降りには武満のピアノ曲よ。

_20210321-2 「高橋アキ Plays 武満」高橋アキ(EMI)

私は現代音楽のピアノ曲が結構好きなのだが,そんな私の嗜好を決定づけたのが今は亡きPeter Serkinであったと言ってもよい。Serkinが武満を弾いたアルバムは私のフェイバリットの一枚と言ってもよく,このブログでも記事にした(記事はこちら)。そこにも書いているのだが,武満徹のピアノ音楽を聞いていると「石庭で雨音を聞いているような感覚」を覚えてしまうのだ。もちろん,「雨の樹素描」という曲が含まれていることもそう感じさせる一因かもしれないが,武満のピアノ曲は気分を落ち着かせたい時に実にフィットする音楽なのだ。それでもって,先日の雨が降る日に聞いた一枚がこれ。

決してわかりやすい音楽だとは思わないし,世の中に存在する武満徹のピアノ曲集のアルバムは限定的なものに留まると言ってよい。そんな中で,Peter Serkinとともに私が保有しているのがこの高橋アキ盤である。このアルバムも極めて世評の高いものであるから,武満のピアノ曲を聞くならば,この2枚を保有していれば,まぁよかろうということになると思う。小川典子はどうした?藤井一興はどうした?と言われるかもしれないが,私にとってはそこまで追いかけていられない。

現代音楽に対する造詣の深い高橋アキが武満を弾くのだから,これはまぁ間違いのない世界と言ってもよいのだが,Peter Serkin盤と同様の感覚を与えてくれて,実によい。武満のピアノ曲を聞いていて,私は絶妙な「間」を感じてしまうのだが,この感覚が精神衛生上効果的だと思っている。最後に「こどものためのピアノ小品」と「ゴールデン・スランバー」を並べて,エピローグ的にアブストラクトな感覚からの抜け出す道筋を示す構成もよく出来ていると思ってしまうのだ。やっぱりこれは好きだなぁ。星★★★★★。

もちろん,万人向けの音楽だとは思わないが,好きになってしまうと,こういう音楽からは離れられないのだ。

Recorded in May, 2000

Personnel: 高橋アキ(p)

2021年3月15日 (月)

児玉桃のECM第3作は2006年録音の持ち込み音源だが,これが実に素晴らしい。

_20210313-2 ”Hosokawa/Mozart” 児玉桃,小澤征爾,水戸室内管弦楽団(ECM New Series)

児玉桃のECMにおける2作は大変素晴らしい作品であった。本作は前作"Point and Line"でも取り上げた細川俊夫とモーツァルトというまたECMらしい異色の組み合わせってところなのだが,ここで冒頭に演じられる細川俊夫の「月夜の蓮(”Lotus under the Moonlight”)」は,モーツァルトの生誕250周年を記念して書かれたものであり,「モーツァルトへのオマージュ」という副題まで付いているから,プログラムとしては一貫性があるものなのだ。児玉桃はその初演者であった。

そして,この音源は2006年に録音されたものであり,プロデュースにはManfred Eicherの名前もないので,明らかに持ち込み音源である。そもそもECMで小澤征爾の名前を見つけるとは全く想像していなかったが,そうした音源をリリースするという判断を下したのはManfred Eicherであるはずなので,その審美眼にかなった演奏であることは言うまでもない。

このアルバムにおけるポイントがその細川の「月夜の蓮」であることには疑う余地がない。もちろん,モーツァルトのP協23番なんてのは誰もが知る名曲であり,児玉桃と小澤征爾の組合せによる演奏が悪いはずはない。しかしである。このアルバムがリリースされた要因はやはり「月夜の蓮」ゆえであろう。この細川とモーツァルトの曲間のギャップこそがこの音楽を楽しむためのコアとなるからである。おそらくManfred Eicherもそれを評価したはずだと思う。「月夜の蓮」がクールかつ静謐な感覚を与えるのに対し,モーツァルトの暖かさが「月夜の蓮」で生まれた緊張感を弛緩させてくれることこそがこのアルバムのキモだろう(少なくとも私にとってはそうだ)。

こういう演奏/プログラムには本当に美学を感じるが,水戸の聴衆も生で聞いていた時には同じような感覚を覚えていたと思う。録音から時間が経過した音源であることを全く感じさせない傑作。星★★★★★。

甚だ余談ではあるが,私の亡くなった父はモーツァルトを偏愛していたが,父が最も好きだったP協はこの23番である。本当にしょっちゅうこの曲を聞いていたのを思い出してしまった。父がこのアルバムを聞いたらどういう感想を言うか聞いてみたい気がした私である。

Recorded Live at 水戸芸術館 in December, 2006 

Personnel: 児玉桃(p),小澤征爾(指揮),水戸室内管弦楽団 

2021年2月12日 (金)

誘眠効果抜群のTerry Riley(笑)。

_20210209 "A Rainbow in a Curved Air" Terry Riley(CBS)

久しぶりにTerry Rileyを聞いた。この人の音楽は何とも形容しがたい印象を与えるのが常であるが,これは後のシンセサイザーによる音楽の先駆けって気がする。そして,極端な言い方をすれば,音色的にはワールド・ミュージック的になっていくJoe Zawinulの音楽の源流って気もする。Terry Rileyはミニマルと言われることもあるが,私の感覚では元祖アンビエント・ミュージックって感じだ,そうした意味ではその後の音楽に結構な影響力を持つものだったと言ってもよい。

その一方,私は大体の場合において,Terry Rileyの音楽を聞いていると睡魔に襲われる。それは悪いことではなく,心地よい眠りに誘ってくれるのだ。鑑賞対象と言うよりも,なだらかに時が経過していく感覚を与える音楽だと思う。

Rainbow-in-a-curved-air しかし,このアルバムのオリジナル・ジャケットは何とも強烈。この写真を見ると,ついつい江頭2:50を思い出してしまうのは私だけだろうか。私が保有しているのは上の再発盤のCDだが,オリジナルの方は購入意欲は湧かないよなぁ。でも再発盤のピンクもどうなのよって感じで,どっちもどっちだが(爆)。

Personnel: Terry Riley(key, perc), Glen Kolotkin(ss)

2021年2月10日 (水)

Dino Saluzziのピアノ曲集:現代音楽的なところは感じられない,純粋に美的なピアノ音楽。

_20210206 "Imágenes - Music For Piano" Dino Saluzzi / Horacio Lavandera (ECM New Series)

Dino SaluzziはECMでもお馴染みのバンドネオン奏者だが,彼が書いたピアノ曲を集めたアルバムがこれである。弾いているのはDino Saluzziと同郷のHoracio Lavandera。このピアニストについては,よく知らないが,日本でのライブ盤も残しているようなので,それなりに知られた人なのかもしれない。ティーンエイジャーにしてデビュー作を録音しているから,相当早熟のプレイヤーと言ってもよいかもしれない。

ECM New Seriesは,古楽と現代音楽を並存させたりして,実にユニークなアルバムを多数生み出しているが,これは「現代ピアノ曲」としての位置づけのものと思われる。しかし,現代音楽にありがちなアブストラクトな感覚はここにはなく,実に美しいピアノ音楽になっている。私は古楽も現代音楽もどっちも好んで聞いているが,こういうのもいいねぇと思ってしまう。ある種のロマンティシズムさえ感じさせる曲が並んでいるが,それをECMらしい音で聞かされたら,大体まいってしまうと思うのだ。

しかし,その一方で,このアルバムがどういう層のリスナーに訴求力があるのかと考えると,若干微妙なところがある。現代音楽として突き抜けた感覚はないし,ラテンの土着性を感じさせるかと言えば,そういうこともない。純粋に美しいピアノ音楽と言えば聞こえはいい訳だが,その一方で,中途半端ではないのかという指摘も成り立ってしまうのが辛いところである。もちろん,それをDino Saluzziの音楽の多様性/多面性と捉えることももちろんできるが,人それぞれに捉え方は変わることは仕方がない。

私としては演奏には文句はないが,そのあたりがこのアルバムの評価の難しいところだと思う。それでも星★★★★にはしてしまうのだが...(笑)。

それにしても,ライナーに写るDino Saluzziは強面のおっさんであるが,こういう人がこういう美しい音楽を書いてしまうところが実に面白いねぇ。

Recorded in October 2013

Personnel: Horacio Lavandera(p), Dino Saluzzi(composer)

2020年8月17日 (月)

Misha Alperinで涼む。これがライブ音源とは信じがたい(笑)。

_20200814"Night" Misha Alperin (ECM)

私に限ったことではないと思うが,保有している音源が増えていけば,聞く頻度の上がらないものも出てくるのはしかたがない。それはECMレーベルにも言えていて,ECMからはかなりの枚数のアルバムがリリースされているから,保有していても,それほど聞いていない音源も多々ある訳だ。Misha AlperinのアルバムもECMからは何枚か出ているが,正直言ってあまり聞かない方に属するかもしれない。

しかし,これだけ猛暑が続くと出掛ける気も起らないというところで,気まぐれに取り出したのが本作だったのだが,これが涼む効果抜群であった。そもそも,このアルバムがリリースされたのは2002年だが,それから18年の間に私がこれを何度プレイバックしたかはかなり怪しいって感じである。そもそも,これがライブ音源だったってことも,今回聞き直して知ったようなものであり,ちゃんと聞いてないなぁって気がするのだ(恥)。

一方,あくまでも気まぐれで取り出したとは言え,ピアノ,チェロにパーカッションという編成だし,Misha Alperinなので,暑苦しくなることはないとは思っていたが,これが実に涼やかというか,温度を下げる効果があるのではないかという音楽であった。ジャズという音楽に感じられる熱量とは真逆の世界と言えばいいだろうか。しかもこんな音楽をライブでやってしまうというのが実に面白くも,ユニークであり,ノルウェイの聴衆の現場での反応が見てみたかったと思ってしまうようなサウンドである。

ライナーを見るとこのアルバムは”Suite for violoncello, piano, percussion, marimba and claviola in eight parts"と副題がついている。このclaviolaってのは初めて聞いたが,鍵盤笛だそうでなので,構造的にはピアニカとかに近いのかもしれないが,ネットで調べると面白い形状をしている。へぇ~って感じである。まぁ,そんな変わった編成,変わった楽器ということで,室内楽的と言ってもよいかもしれないし,現代音楽的と言ってもよい音楽となっている。もはやこれはECM New Seriesでもよいのではと思わせるような演奏であり,音楽と言ってよいかもしれない。

部屋が涼しくなる効果はあるが,なかなか音楽としての評価は難しいって感じで,やはり私にはMisha Alperinは敷居が高いかなと思わされた。星★★★。次にこのアルバムを聞くのはいつになることやら...。

Recorded Live on April 4, 1998

Personnel: Misha Alperin(p, claviola), Anja Lechner(cello), Hans-Kristian Kjos Serensen(perc, voice)

2020年7月11日 (土)

ブートで聞いたBrad Mehldauのピアノ・コンチェルトやいかに...。

Brad-mehldau-piano-concerto

今回,ブート屋に久しぶりに注文したのはBrad Mehdauのピアノ協奏曲が聞きたかったからである。Brad Mehldauは"After Bach"は言うに及ばず,Renée FlemingやAnne Sofie von Otterと歌曲のアルバムも作っているし,アルバム化はされていないが,テノール歌手,Ian Bostridgeとツアーも行っており,クラシック寄りの活動もこなしている。そんな越境型の活動をするBrad Mehldauゆえ,彼がピアノ協奏曲を書くと聞いてもそんなに驚きはなかったし,そのうちやるだろうぐらいに思っていた。

_20200710

この曲を演奏するために,来日する予定もあるようには聞いている。しかし,現在の新型コロナウイルス禍が収まらない限り,ライブでの来日は難しそうなので,果たしてどうなるのかというところだが,でもやっぱりどういう感じなのかは聞いてみたい。ブログのお知り合いの風呂井戸さんが,この演奏を収めたブートレッグを取り上げられて,その欲求が猛烈に増してしまった私である。ということで,昨日紹介したクリポタのブートとともに発注したのだが,ほかにも発注したものがあるものの,それはまた後日ということで,今日はそのBrad Mehldauのブートレッグである。

冒頭はストラヴィンスキーがアレンジしたバッハの「平均律」第1巻10番であるが,これが実に穏やかな出だしである。まぁこれはピアノ協奏曲へのプレリュードみたいな感じだと思えばいいだろう。それでもってメインのピアノ協奏曲はどうかというと,ここでも演奏が実に穏やかに推移するという感じがする。ちょっと聞いた感じ,まず私が連想したのがMichael Nymanの音楽であったが,聞いていくとガーシュウィン的なところもそこはかとなく感じられないでもない。あるいは聞き進めていくと,ドビュッシー的と言ってもよいかもしれないと思っていた私である。

はっきり言ってしまうと,クラシックのピアノ協奏曲というよりも,私には映画音楽的,あるいはそれが言い過ぎならばオーケストラを伴ったピアノ音楽という感じなのだ。それはここでの音楽が劇的な展開を示さないというところに起因すると思うのだが,私としてはコンチェルトとするならば,楽章ごとにもう少しメリハリをつけてもよかったかなと思う。そうした観点で,決して悪い出来とは思わないのだが,だからと言って,こりゃあ凄いやとは言えないところがある。私としては,これからのBrad Mehldauの活動の上での習作という気がするが,注目を浴びる中,本人にとっても結構プレッシャーのかかる仕事ではなかったかと思える。生で聞けば,また別の感慨もあると思うが,ブートを聞く限りは私としては上述のような感覚であった。

ライブではほかの曲もやったようだから,どうせなら完全版で出せばいいだろうとも思うのだが,放送されたのがこれだけだったってことなのかもしれないな。まぁ聞けたからいいんだけど。

尚,トップの写真はロンドンのバービカンでコンチェルトを初演した時の写真をネットから拝借したもの。

Recorded Live in Hannover on January 31, 2020

Personnel: Brad Mehldau(p), Clark Rundell(cond), ハノーファー北ドイツ放送フィルハーモニー管弦楽団

2020年6月 8日 (月)

コレクターはつらいよ (26):Nonesuchの企画アルバムで2曲演奏するBrad Mehldau。

I-still-play ”I / Still / Play" Various Artists(Nonesuch)

これは長年,Nonesuchレーベルの社長を務めたBob Hurwitzの業績へのトリビュートのために,11人の作曲家が作曲したピアノ曲を収めた企画アルバムである。John Adams,Steve Reich,Philip Glass,Laurie Anderson,更にはPat Metheny,Brad Mehldau,そしてRandy Newman等,よく知られた人もいれば,Louis Andriesson,Donnacha Dennehy, Nico Muhlyのようなそうでもない人(私が知らないだけ?) の作品を収めたものだが,弾いているピアニストは4人。11曲中7曲は自身も1曲提供したTimo Andresが弾き,残りの4曲のうち,Brad Mehldauが2曲,Jeremy Denkが1曲,そしてRandy Newmanが1曲という構成である。

私がこのアルバムを購入したのは偏にBrad Mehldauゆえであるが,このアルバムは,現代音楽的なアプローチのアルバムであり,ジャズ・ピアニストとしてのBrad Mehldauを期待すべきものではない。まぁ,私は現代音楽のピアノ曲もかなり好きな方なので,こういうアルバムはBrad Mehldauが参加していなくても買ったかもしれない。やっぱり買ってないか...(苦笑)。

比較的短い曲が多くて,最長はPat Methenyが作曲し,Brad Mehldauが演奏した”42 Years"で6分36秒,最後のRandy Newmanの"Recessional"なんて1分に満たないし,2分台の曲も5曲あるから,まぁ小曲集の趣である。そうした中で,Brad Mehldauの弾く2曲だが,Timo Andresとは明らかにタッチが違うとわかるのが面白い。ここで演奏されているほかの曲をBrad Mehldauが弾いたら,また別の感覚が生まれたかもしれないと思いつつ,様々な曲想を楽しめるという点で面白かった。

曲としては,Philip Glassが書いた"Evening Song No.2"が実に美しいと思ったが,ほかの曲についても聞きどころが多数あると思えた。Pat Methenyの”42 Years"は序盤はややアブストラクトな響きを醸し出しながら,いかにもPat Metheny的なメロディ・ラインに移行していくところが面白かった。

まぁ,企画アルバムだし,現代音楽的なところもあり,万人には勧めにくいのも事実なのだが,これはこれでありだと思えた。だが,一般的な感覚からすれば,やはり「コレクターはつらいよ」と言いたくなるような作品であることも事実。私としてはこの作品を支持したいが,一点だけ言っておくべきことがあるとすれば,最後のRandy Newmanは必要だったのかということである。ほかの曲とのトーンが違い過ぎて,バランスを崩しているような感じるのは私だけだろうか?

Personnel: Timo Andres(p), Brad Mehldau(p), Jeremy Denk(p), Randy Newman(p)

2020年3月24日 (火)

追悼,Peter Serkin。

Peter-serkin-bw

昨日のAnna Gourariの記事にも書いたのだが,私を本当の意味で,現代音楽,特にピアノ音楽に誘ったのはPeter Serkinだったと言ってよい。もちろん,現代音楽に限らず,Peter Serkinはバッハの音楽においても優れたアルバムを残しているし,それも私は長年愛聴してきた。2017年にはすみだトリフォニー・ホールで「ゴルトベルク変奏曲」を聴いている(その時の記事はこちら)。

そんなPeter Serkinの訃報(2/1逝去だったらしい)を知ったのはつい最近のことであった。昨年の来日公演がキャンセルされたのはよほど体調が悪かったが故と思われるが,本当に惜しい人を亡くしたという思いである。そうは言っても,Peter Serkinも既に72歳となっていて,いつまでも若いイメージを持っているのはこっちだけだよなぁというのは,すみだトリフォニーでも思っていたことである。

遅ればせながら,彼を追悼するには何がいいだろうと思って,取り出したのがメシアンの「アーメンの幻影」であった。高橋悠治とのデュオによるこの演奏をレコーディングしたのがほぼ半世紀前。当時から才気に溢れたピアニストであったと想像させるに十分な演奏である。また,そこに追加されている「鳥のカタログ」からの第7曲,「ヨーロッパヨシキリ」も実に素晴らしい演奏で,ますます惜しい人を亡くしたと思ってしまった私である。

現代音楽は難しいと思わせる面があるのも事実だが,そうしたイメージを払拭し,心に響く音楽,あるいは純粋に身を委ねればいい音楽なのだとわからせてくれたPeter Serkinには改めて感謝したい。

R.I.P.

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