2020年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

2018年おすすめ作

無料ブログはココログ

カテゴリー「現代音楽」の記事

2020年7月11日 (土)

ブートで聞いたBrad Mehldauのピアノ・コンチェルトやいかに...。

Brad-mehldau-piano-concerto

今回,ブート屋に久しぶりに注文したのはBrad Mehdauのピアノ協奏曲が聞きたかったからである。Brad Mehldauは"After Bach"は言うに及ばず,Renée FlemingやAnne Sofie von Otterと歌曲のアルバムも作っているし,アルバム化はされていないが,テノール歌手,Ian Bostridgeとツアーも行っており,クラシック寄りの活動もこなしている。そんな越境型の活動をするBrad Mehldauゆえ,彼がピアノ協奏曲を書くと聞いてもそんなに驚きはなかったし,そのうちやるだろうぐらいに思っていた。

_20200710

この曲を演奏するために,来日する予定もあるようには聞いている。しかし,現在の新型コロナウイルス禍が収まらない限り,ライブでの来日は難しそうなので,果たしてどうなるのかというところだが,でもやっぱりどういう感じなのかは聞いてみたい。ブログのお知り合いの風呂井戸さんが,この演奏を収めたブートレッグを取り上げられて,その欲求が猛烈に増してしまった私である。ということで,昨日紹介したクリポタのブートとともに発注したのだが,ほかにも発注したものがあるものの,それはまた後日ということで,今日はそのBrad Mehldauのブートレッグである。

冒頭はストラヴィンスキーがアレンジしたバッハの「平均律」第1巻10番であるが,これが実に穏やかな出だしである。まぁこれはピアノ協奏曲へのプレリュードみたいな感じだと思えばいいだろう。それでもってメインのピアノ協奏曲はどうかというと,ここでも演奏が実に穏やかに推移するという感じがする。ちょっと聞いた感じ,まず私が連想したのがMichael Nymanの音楽であったが,聞いていくとガーシュウィン的なところもそこはかとなく感じられないでもない。あるいは聞き進めていくと,ドビュッシー的と言ってもよいかもしれないと思っていた私である。

はっきり言ってしまうと,クラシックのピアノ協奏曲というよりも,私には映画音楽的,あるいはそれが言い過ぎならばオーケストラを伴ったピアノ音楽という感じなのだ。それはここでの音楽が劇的な展開を示さないというところに起因すると思うのだが,私としてはコンチェルトとするならば,楽章ごとにもう少しメリハリをつけてもよかったかなと思う。そうした観点で,決して悪い出来とは思わないのだが,だからと言って,こりゃあ凄いやとは言えないところがある。私としては,これからのBrad Mehldauの活動の上での習作という気がするが,注目を浴びる中,本人にとっても結構プレッシャーのかかる仕事ではなかったかと思える。生で聞けば,また別の感慨もあると思うが,ブートを聞く限りは私としては上述のような感覚であった。

ライブではほかの曲もやったようだから,どうせなら完全版で出せばいいだろうとも思うのだが,放送されたのがこれだけだったってことなのかもしれないな。まぁ聞けたからいいんだけど。

尚,トップの写真はロンドンのバービカンでコンチェルトを初演した時の写真をネットから拝借したもの。

Recorded Live in Hannover on January 31, 2020

Personnel: Brad Mehldau(p), Clark Rundell(cond), ハノーファー北ドイツ放送フィルハーモニー管弦楽団

2020年6月 8日 (月)

コレクターはつらいよ (26):Nonesuchの企画アルバムで2曲演奏するBrad Mehldau。

I-still-play ”I / Still / Play" Various Artists(Nonesuch)

これは長年,Nonesuchレーベルの社長を務めたBob Hurwitzの業績へのトリビュートのために,11人の作曲家が作曲したピアノ曲を収めた企画アルバムである。John Adams,Steve Reich,Philip Glass,Laurie Anderson,更にはPat Metheny,Brad Mehldau,そしてRandy Newman等,よく知られた人もいれば,Louis Andriesson,Donnacha Dennehy, Nico Muhlyのようなそうでもない人(私が知らないだけ?) の作品を収めたものだが,弾いているピアニストは4人。11曲中7曲は自身も1曲提供したTimo Andresが弾き,残りの4曲のうち,Brad Mehldauが2曲,Jeremy Denkが1曲,そしてRandy Newmanが1曲という構成である。

私がこのアルバムを購入したのは偏にBrad Mehldauゆえであるが,このアルバムは,現代音楽的なアプローチのアルバムであり,ジャズ・ピアニストとしてのBrad Mehldauを期待すべきものではない。まぁ,私は現代音楽のピアノ曲もかなり好きな方なので,こういうアルバムはBrad Mehldauが参加していなくても買ったかもしれない。やっぱり買ってないか...(苦笑)。

比較的短い曲が多くて,最長はPat Methenyが作曲し,Brad Mehldauが演奏した”42 Years"で6分36秒,最後のRandy Newmanの"Recessional"なんて1分に満たないし,2分台の曲も5曲あるから,まぁ小曲集の趣である。そうした中で,Brad Mehldauの弾く2曲だが,Timo Andresとは明らかにタッチが違うとわかるのが面白い。ここで演奏されているほかの曲をBrad Mehldauが弾いたら,また別の感覚が生まれたかもしれないと思いつつ,様々な曲想を楽しめるという点で面白かった。

曲としては,Philip Glassが書いた"Evening Song No.2"が実に美しいと思ったが,ほかの曲についても聞きどころが多数あると思えた。Pat Methenyの”42 Years"は序盤はややアブストラクトな響きを醸し出しながら,いかにもPat Metheny的なメロディ・ラインに移行していくところが面白かった。

まぁ,企画アルバムだし,現代音楽的なところもあり,万人には勧めにくいのも事実なのだが,これはこれでありだと思えた。だが,一般的な感覚からすれば,やはり「コレクターはつらいよ」と言いたくなるような作品であることも事実。私としてはこの作品を支持したいが,一点だけ言っておくべきことがあるとすれば,最後のRandy Newmanは必要だったのかということである。ほかの曲とのトーンが違い過ぎて,バランスを崩しているような感じるのは私だけだろうか?

Personnel: Timo Andres(p), Brad Mehldau(p), Jeremy Denk(p), Randy Newman(p)

2020年3月24日 (火)

追悼,Peter Serkin。

Peter-serkin-bw

昨日のAnna Gourariの記事にも書いたのだが,私を本当の意味で,現代音楽,特にピアノ音楽に誘ったのはPeter Serkinだったと言ってよい。もちろん,現代音楽に限らず,Peter Serkinはバッハの音楽においても優れたアルバムを残しているし,それも私は長年愛聴してきた。2017年にはすみだトリフォニー・ホールで「ゴルトベルク変奏曲」を聴いている(その時の記事はこちら)。

そんなPeter Serkinの訃報(2/1逝去だったらしい)を知ったのはつい最近のことであった。昨年の来日公演がキャンセルされたのはよほど体調が悪かったが故と思われるが,本当に惜しい人を亡くしたという思いである。そうは言っても,Peter Serkinも既に72歳となっていて,いつまでも若いイメージを持っているのはこっちだけだよなぁというのは,すみだトリフォニーでも思っていたことである。

遅ればせながら,彼を追悼するには何がいいだろうと思って,取り出したのがメシアンの「アーメンの幻影」であった。高橋悠治とのデュオによるこの演奏をレコーディングしたのがほぼ半世紀前。当時から才気に溢れたピアニストであったと想像させるに十分な演奏である。また,そこに追加されている「鳥のカタログ」からの第7曲,「ヨーロッパヨシキリ」も実に素晴らしい演奏で,ますます惜しい人を亡くしたと思ってしまった私である。

現代音楽は難しいと思わせる面があるのも事実だが,そうしたイメージを払拭し,心に響く音楽,あるいは純粋に身を委ねればいい音楽なのだとわからせてくれたPeter Serkinには改めて感謝したい。

R.I.P.

2020年3月23日 (月)

Anna Gourari:ECM New Series得意のパターンだが,こういうのにはまるのだ。

_20200321"Elusive Affinity" Anna Gourari(ECM New Series)

以前にも書いたように,私はECMの結構なファンだが,ECM New Seriesまではなかなか全面的にフォローできていない。ReichやSchiffのアルバムは例外として,そのほかで買うのは若干の例外はありつつも,ほぼ現代音楽系のピアノ音楽に限定と言ってもよい。私はPeter Serkinのピアノを通じて,現代音楽のピアノに目覚めさせられたと言ってもよいが,ECM New Seriesからリリースされるピアノ音楽は,ストレートに私に訴求してくるのだ。なので,このアルバムも後追いで買ったものだが,やっぱりはまってしまう魅力があった。

ECM New Seriesではこのブログにおいては,最近ではAlexei Lubimovの"Der Bote"を取り上げた(記事はこちら)が,そこでもバロックと現代音楽が混在するプログラムであった。まさにこういうプログラムは,リサイタルのプログラムならありえようが,レコーディングとしてはECM New Series以外ではありえないものだと思っている。本作においても同様で,冒頭と最後にバッハ編曲によるヴィヴァルディとマルチェッロを配置し,その間に現代音楽曲を挟み込むというものなのだが,これが実に心地よい。結局のところ,私は現代音楽のピアノの響きが好きな訳だが,そうした私の嗜好にストレートにフィットしてしまった。

なかなかこういう音源まで追い切れないのは歯がゆいが,それでもちゃんと聞くことができてよかったし,春先のまったりした気分の中で,涼やかな気分さえ味合わせてくれたと言っては言い過ぎか。おそらくこれからもこうしたアルバムはリリースされ続けると思うが,それを見逃さないようにしたいものである。反省も込めて星★★★★★としてしまおう。いやぁ,ええですわ。

Recorded in January 2018

Personnel: Anna Gourari(p)

2019年11月10日 (日)

これも久々に聞いたManuel Barruecoの”Sometime Ago”。

_20191110 ”Sometime Ago" Manuel Barrueco(EMI)

これは懐かしいアルバムである。リリースされたのは1994年だからもう四半世紀も前であるが,アルバム・タイトルからも窺い知れるし,ジャケには"Compositions by Corea, Jarrett, Simon & Harrison"とある。それらはChick Corea,Keith Jarrett,Paul Simon,そして現代音楽作曲家のLou Harrisonを示す。ジャズ,ポップ・フィールドからすれば,Lou Harrisonだけが異色に見えるが,Keith Jarrettはこの人のピアノ協奏曲を吹き込んでいるので,必ずしも無縁な訳ではない。

それはさておき,このアルバムを購入した一番の理由はギタリストの端くれとして,ギターで「ケルン・コンサートPart IIC」,即ちアルバム最後に収められたアンコール・ピースをどう料理するのかにあった。Paul Simonの「旧友」や「ブックエンズ」,あるいはChick Coreaの"Children's Song"あたりはまぁ想定できるが,「ケルン」については想像ができなかったからである。

だが,アルバム全体を通して聞いてみて,「ケルン」はなるほどねぇと思わせる演奏だが,本作は特に「ケルン」にこだわらなくても,美しくも優雅な時間を過ごすことができるアルバムだと思う。クラシックのギタリストが市井の楽曲に取り組むことに,あまり音楽のジャンルにこだわらない私は何の違和感もおぼえないが,いずれにしても,ここでは美しいメロディ・ラインと,美しいギターの音色を楽しめばいいのだと思えてしまう。

ということで,このアルバムも久しぶりに聞いた訳だが,その魅力を改めて感じることができた。企画の勝利みたいな部分もあるが,やっぱりいい曲はいいのだということを実感。星★★★★☆。

Recorded on September 13-15, 1993

Personnel: Manuel Barrueco(g)

2019年11月 4日 (月)

Alexei Lubimovの”Der Bote”:この曲の組合せはECM以外にできないだろう。

_20191104 "Der Bote" Alexei Lubimov(ECM New Series)

このアルバム,タイトルは"Der Bote"(英語にすると"The Messenger"らしい)であるが,これは最後に収められたシルベストロフの曲のタイトルから取られたものだろう。しかし,バック・インレイには"Elegies for Piano"とあり,そっちの方がずっとわかりやすいのではないかと思えるアルバムとなっている。

このアルバムが特異だと思えるのは,様々な時代の音楽,それこそバロックから現代音楽までの曲を並べておきながら,そこに全くの違和感をもたらさないことである。普通の人間であればC.P.E.バッハとジョン・ケージの音楽が続けて演奏されることなど夢想だにしないが,自然に耳に入ってきてしまうって実は凄いことではないのか。

ここでピアノを弾いているAlexei Lubimovは,様々な現代音楽の初演をしていることからしても,現代音楽には造詣が深いはずだが,ソ連時代に活動の制約を受けて,古典も演奏していたことを踏まえると,ここでの曲の並びは彼にとっては全然不思議はないのかもしれない。しかし,このようにいろいろな時代に作られた曲が演奏されながら,響きは極めて一貫性があって,私は一発でまいってしまった。響きにはもの悲しさをたたえているが,実に美しい音楽。Manfred Eicherの美学ってのをこういうところにも強く感じてしまった。星★★★★★。たまらん。

Recorded in December, 2000

Personnel: Alexei Lubimov(p)

2019年11月 2日 (土)

これでHenckのECMのアルバムが揃った。

_20191102-3 ”Jean Barraqué: Sonata pour Piano" Herbert Heck (ECM New Series)

私は現代音楽に関してはピアノ音楽が好きで,いかにもな響きを楽しんでいると言ってもよい。そうした中で,Herbert HenckがECMに吹き込んだアルバム群はほぼ揃っていたのだが,残っていたのが本作。ネット上では結構な値段がついていたりするし,ECMのサイトでもOut of Stock状態だったのだが,今回,ネットで中古をゲットできた。

現代音楽のピアノにもミニマルからアブストラクトまでいろいろある訳だが,私にとって,これはいかにも現代音楽的な響きの強い音楽だったと言ってもよい。これはおそらく12音技法によるものだと感じるが,こういう音楽を聞いていて,何がよいのかさっぱりわからんという人も多かろう。しかし,私の場合,こういう冷たい感覚の音楽に身を委ねることによって得られる快感っていうのもあると思っている。

HenckのECMのアルバムではJohn Cageのアルバムをまだちゃんと聞けていないが,これまで聞いたHenckのアルバムにおいては,最も前衛的な響きが強く,おぉっとなってしまった私である。まぁ,しょっちゅう聞く音楽ではないと思うが,やっぱりこういうのが好きだと言ってしまう私は変わり者ってことで。星★★★★。

Recorded in July 1996

Personnel: Herbert Henck(p)

2019年8月16日 (金)

猛暑の中でのアンビエント・ミュージック

_20190812_20190816181101 "Discreet Music" Brian Eno (Obscure→Virgin)

猛暑が続くと出掛ける気にもならないって時に,自分の部屋で何を聞くか。家人の手前,あまりヴォリュームを上げられないリスニング環境においては,ヘッドフォンで音楽を聞いていることもある私だが,スピーカーから音を出して音を聞きたい時もあるということで,そんな時にはこれなら絶対文句を言われないということで,久しぶりに本作を聞いた。

これぞアンビエント・ミュージックと呼ぶべきタイトル・トラックは,ミニマル・ミュージック以上に環境に同化してしまうということで,まさに音が鳴っていることを意識させないとでも言うべきものである。そうした意味で,これは音楽なのかという議論を生む可能性もあるが,ちゃんと音列は構成されているから音楽は音楽である。だが,これを今回やったように小音量で流していると,音が流れているのか流れていないのかさえどうでもよくなる感じというのを久しぶりに体験した。

それに比べれば,後半の”Three Versions of the Canon in D Major by Johan Pachelbel"はあの「パッヘルベルのカノン」を解体,再構築したものであり,まだ音楽的な要素を感じさせるものではあるが,こちらも小音量で流していると,気持ちよくなってきてしまうというある意味ヒーリング・ミュージックのようなものである。

だが,アンビエントという形態に限って言えば,本質的にはタイトル・トラックこそがEnoの狙う世界であろうが,アルバムとしてのプロダクションとしてはこの組み合わせが必要だと感じたということかもしれない。おそらく,LPの時代で言えば,タイトル・トラックが収められたA面ばかり聞いていたリスナーが多かったのではないかと思えるが,後半のVariationも決して悪くない。

猛暑の中,エアコンの効いた部屋で,これを小音量でプレイバックしている自分は一体何者?とも思いたくなってしまうが,それはそれで心地よい体験であった。環境と同化しているという観点で,音楽として評価をする必要は感じないが,実に存在意義のあるアルバムだと思う。

それにしても,ジャケの写真の暗さは半端ではなく,イメージをスキャンしても何のこっちゃみたいな状態だ(笑)。

Personnel:Brian Eno(synth, key), Gavin Bryars(arr, cond), The Cockpit Ensemble(performer)

2019年8月 2日 (金)

ECM未CD化アルバムをストリーミングで聞き続ける私:今日はDave Holland & Derek Bailey。超ハードル高し(笑)。

Improvisation-for-cello-and-guitar1 "Improvisations for Cello and Guitar" David Holland and Derek Bailey(ECM)

引き続きECMの未CD化アルバムを聞き続ける私である。今日はDave HollandとDerek Baileyのデュオ・ライブであるが,これが実にハードルが高い完全即興演奏である。タイトル通り,Dave Hollandはベースではなく,チェロに徹している。

曲目を見れば”Improvisation III~V"となっているから,冒頭の2曲は手慣らし的にやって,3曲目からを本番採用したってことか。Dave Hollandはさておき,相手がDerek Baileyであるから,フリーの極北みたいな感じになるであろうことは容易に想像がつくわけだが,まぁやっぱりって感じである。フリーと言っても破壊的な響きでなく,即興的な対話って感じである。私は夏の暑い時期になると,破壊的なフリー・ジャズを聞きたくなることがあるが,このアルバムはそういう感じではなく,この手の音楽はいつ聞けばいいのよ?と問いたくなるような演奏と言えばいいだろうか。

こういう音楽の価値をどこに見出だすかによって,評価が完全にわかれるって感じだろうが,対話としての密度の濃さは私にもわかるのだが,音楽的な至福は少なくとも私には得られることはない。強烈な実験音楽と言ってもよいし,ある意味で現代音楽と位置付けることも可能な作品。まぁこういうのもありだとは思うが,これは積極的には聞きたいと思わないなぁ。二人のミュージシャンの先鋭性や即興に挑む姿には敬服するが,星★★★が精一杯。まぁ,年齢を重ねたリスナーにとっては,ちょいと辛いってのが正直なところ。若い頃だったらスノビズム全開で聞いていたかもしれないが,今となってはもはやそういう感じではない。

Recorded live at the Little Theatre Club, London, January 1971

Personnel: Derek Bailey(g), David Holland(cello)

2019年4月15日 (月)

Vijay IyerとCraig Tabornという才人2人によるフリー・ジャズと現代音楽のハイブリッドって感じの素晴らしい作品。

_20190413-2"The Transitory Poems" Vijay Iyer / Craig Taborn(ECM)

どちらもECMにおいてリーダー・アルバムを持つVijay IyerとCraig Tabornがピアノ・デュオでのライブを行った際の音源である。私なんかの世代でピアノ・デュオと言えば,Herbie HancockとChick Coreaのそれを思い出してしまうが,あっちとは随分と雰囲気が違う。まぁ,HerbieとChickのデュオにおいても,バルトークの「オスティナート」とかをやっていたが,Vijay IyerとCraig Tabornによる演奏は,より現代音楽的なアプローチを感じさせる。主題ではフリー・ジャズと現代音楽のハイブリッドと書いたが,基本的には調性の枠内なので,フリー感はそんなに強いわけではない。しかし,6曲目の"Clear Monolith"と7曲目の"Luminous Brew"はそれぞれフリー・ジャズ界の巨人,Muhal Richard AbramsとCecil Taylorに捧げられているので,やはりフリー的な感覚と言ってもよいかもしれない。

そして2曲目"Sensorium"とラストのメドレーも,2018年に亡くなったJack Whitten(芸術家)とGeri Allenに捧げられており,このライブ全体を彼らへのオマージュとして捉えているとライナーにも書いている。アルバム収録時にはCecil Taylorはまだ存命だったので,オマージュというのは後から生まれてきた感覚だろうが,このアルバムを聞いていると,少なくともこのライブ以前に亡くなった3名に対してはそうした彼らの思いが打ち出されている感覚が強く,決して聞き易い音楽とは言えないこの演奏が,実に心に響いてくる。そして,彼らにとってみれば,よくよく考えてみると,演奏中にCecil Taylorが降りてきたような気が後になってしたのかもしれない。確かに7曲目の冒頭の低音部には私もTaylor的なところを感じた。

Roscoe Mitchellのバンドで共演歴があった彼らにとっても,このライブは特殊な機会,あるいは一期一会的なものだったのかもしれないが,ここで聞かれる集中力は大したもので,私はこの響きに大いに感動したのであった。星★★★★★。やはり才人たちのやることはレベルが違う。

Recorded Live at Frantz Liszt Academy of Music, Budapest on March 12, 2018

Personnel: Vijay Iyer(p),Craig Taborn(p)

より以前の記事一覧

Amazon検索ツール

2019年おすすめ作