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カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

2021年8月27日 (金)

Charlie Wattsを偲んで。

Charlie-watts-2

Charlie Wattsが亡くなった。Rolling Stonesの米国ツアーにおいて,Steve JordanがCharlie Wattsの代役を務めるとアナウンスされた段階で,健康状態が心配されていたが,残念ながら80歳でこの世を去った。元気な高齢者揃いのStonesにあって,メンバーにおいて最年長だったのがCharlie Wattsであった。長年に渡り,Rolling Stonesのリズムを支えてきたCharlie Wattsは,Stonesにおいては,比較的シンプルなドラミングを披露していたと思うが,自身はジャズ・バンドも結成しており,決してそれだけの人ではなかったことは言うまでもない。

彼の死を悼んで,私は"Exile on Main Street"を聴いたが,様々な曲調を収めたStonesの名作において,パワーよりニュアンス,そして歌心を感じさせるドラミングに改めて感動した私であった。惜しい人を亡くした。何度か彼のライブにおけるドラムスを見られたことを永く記憶にとどめるとともに,彼が残した音楽を改めて聴いて,Charlie Wattsを偲ぶことにしよう。

R.I.P.

2021年8月 7日 (土)

オリンピック雑感。

オリンピックのいろいろな競技を見ていて,サッカーについてはこれまでにも書いたが,3位決定戦でのU-24の敗戦はやはり残念だった。私は諸事情あり,試合をライブでは見逃したのだが,失点がPK,FK,CKからだったっていうのが象徴的だったかもしれない。

Photo_20210807170501 その一方,嬉しい驚きとなったのが女子バスケットボールである。そもそも準々決勝におけるベルギー戦の劇的勝利も凄かったが,準決勝でのフランス戦での完勝ぶりには心底驚かされたと言ってよい。そもそも一次リーグでもフランスには勝っているので,勝利そのものは驚きではないが,勝ち方が驚きであった。日本の強みとしての3ポイントを決めたというのもあるが,PG,町田のアシストが決まりまくって,2Q以降のフランスはついてこれない状態が続いたと言ってもよい。

決勝はアメリカが相手だが,一次リーグでは17点差をつけられて敗れている。しかし,日本代表の勢いは予選リーグの時より間違いなく増してきているので,明日の決勝戦はよりいい試合を期待したい。そのためにはフランス戦同様,3ポイントの成功率と,町田の的確なパス出しが決め手になると思うが,王者アメリカに臆することなく戦って欲しい。いずれにしても明日の決勝戦はワクワクしながら観戦することにしよう。

ゴルフの稲見萌寧の銀メダルも快挙だ。本戦の18番のボギーはつくづく惜しかったが,元世界#1のLydia Koをプレーオフで破っての勝利は実に素晴らしい。また,Lydia Koに限らず,多くのアスリートが見せたスポーツマンシップには大いに感動させられたと言ってよい。金メダルの数だけが目標の,勝利至上のどこかの国の関係者からは感じることがない清々しさであった。

2021年8月 6日 (金)

オリンピック観戦で,音楽鑑賞が滞る...。

昨今はオリンピックの観戦続きで,音楽を聴いている時間があまりない。そうした中で,ネットで仕入れた情報に基づいて発注はいろいろしていて,オリンピックが終われば夏休みにもなるので,ぼちぼちアップできるだろう。まずは既に届いているScritti Polittiのアナログについて書かねば。

2021年7月30日 (金)

感慨深いこの日。

私が還暦を迎えたことは既に書いた。そして,本日が現役の会社員としては最終営業日となった。つまり定年退職である。来月からは再雇用によりシニア従業員となる訳だが,こうなってくると,ブログのタイトルも「中年音楽狂日記」からの変更を真剣に考えないといけないと思う。

会社員生活を37年もやっていれば,いろいろなことがあったが,国内外含めて,いろいろなところへ行けたのは体力的に厳しいこともあったが,やっぱり楽しい経験であった。シニア従業員になると,海外渡航のチャンスはおそらく大きく減少するだろうが,後進に道を譲る必要もあり,それは仕方がないことと諦めよう。

ということで,”Life Goes On.”ではあるのだが,一応今日が節目の一日。でも何にも変わらないんだが(笑)。

2021年3月22日 (月)

追悼,ファンク・マスター,Paul Jackson。

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Paul Jacksonが3/18に亡くなった。日本と縁の深かったPaul Jacksonであったが,亡くなったのも日本においてであった。

HeadhuntersをはじめとするHerbie Hancockとのアルバムにおいては,これぞファンク・ベースと言うべきグルーブ感たっぷりの演奏を聞かせたPaul Jackson。彼を追悼するならば,Herbie Hancock絡みのアルバムということで,私がピックアップしたのはやはり"Flood"。もちろん,"Headhunters"でもなんでもいいのだが,Paul Jacksonのベースってのは実に存在感のある音で,個性が出るなぁと思わせてくれる人だった。

R.I.P.

2021年3月11日 (木)

あれから10年か...。

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10年一昔と言うが,あの日の記憶が薄れることは,私の人生においてはないだろう。

未曾有の災害をもたらしたあの地震から時間が経過しても,鮮烈な記憶として刻まれてしまったということなのだ。

地震当日のこと,翌日,学校に留め置かれた娘を迎えに行ったこと,翌々日からインドネシアに出張したこと,日本に帰ってからも,インフラの正常化には時間を要したこと等々,今でも記憶はヴィヴィッドなままだ。今だからこそ,我々は計画停電という言葉をちゃんと覚えていなければならないのだ。そうでなければ,大きな災害に見舞われた時に,あの時と同じように途方に暮れたり,パニックに陥りかねないからだ。

記憶は風化するものだが,あの震災は私の中には間違いなく明確な記憶として残存している。その一方で,現在のコロナ禍において,人々の心理が緩むのは震災ほどの当事者意識を持たない(持てない)ことの裏返しではないのかと思わざるをえない。自分も当事者だと思わなければ,今の国難がいつまでも続いてしまうと思わなければならないのだ。あの時を忘れないように,この記事は14時46分18秒にアップさせて頂く。

いずれにしても,あれから10年。亡くなられた方々を偲び,改めて鎮魂の祈りを捧げたい。

2021年3月 1日 (月)

YouTubeに上がっていたJulie Andrews初来日時の模様。

気まぐれでJulei Andrewsのライブ盤を聞きながら,Webサーフィンをしていたらこの映像を見つけてしまった。あぁ,これってTBSで特番でやってたやつだなぁと思って,懐かしく見てしまった。二谷英明が司会兼通訳みたいな感じでやっているが,通訳としてはかなり適当でも,二谷が結構真っ当な英語を喋っていたという記憶があった。今聞いても,二谷英明の英語はかなりまともである(笑)。ただ,シナリオがあった上で通訳っぽくしてようなのは,今となっては...であるが,もはやそれは時効ってことにしよう(笑)。

ここで演じられている曲は1977年の来日時のライブとほぼ同じはずで,それを追体験するには格好の映像である。1977年当時はホーム・ヴィデオなんてものは我が家にはなかったから,私はこの番組を音だけ録音したと記憶しているが,それにしても懐かしい。この映像ではライブ盤に入っていない"Somewhere"が歌われているのが貴重だが,そう言えばライブでは歌っていたなぁなんて思ってしまう。ついでに言っておけば日本語で歌う「ドレミの歌」はカンペ付きとは言え,かなりいい線行っている。彼女の耳のよさはこういうところで明らかなのだが,それにしても懐かしい,私が高校1年の頃の映像である。この映像がネット上にアップされていたことだけで感動してしまった私であり,この映像が残っていてよかったというのが正直なところ。本当に素敵なライブであり,わが青春の一コマである。

2021年2月13日 (土)

追悼,Chick Corea。

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まさに突然の訃報であった。Chick CoreaのFBページによれば"from a rare form of cancer which was only discovered very recently”とあるから,本人も自覚することなく,病魔が進行していたと想像される。つい最近までFBにも演奏する模様がアップされていたし,病気を感じさせるところは全くなかった。だからこそ衝撃も大きい。

私はかつて,Chick Coreaに相当入れ上げていて,保有しているアルバム数も,上位に入るミュージシャンである。その多岐に渡る演奏スタイルはどれも刺激的であり,魅力的であるというChick Coreaの音楽性には本当にしびれていたのが大学生の頃である。そうは言っても,最近はアルバムが出てもストリーミングで済ませることがほとんどになっていて,最後に買ったのは,CDとしては限定で出たホリデイ・アルバム,"Flying on the Wings of Creativity"ってのが象徴的なのだ。これも結局珍しいから買ったって感じであり,その程度の付き合い方になっていたということである。しかし,近年,ライブに行く回数が増えてくると,Chick Coreaのライブにも行くようになっていた。今,思い出すと私が行ったChick Coreaのライブは順番は怪しいところもあるが,次のような感じだ。

  1. Gary Burton + 弦楽クァルテット@中野サンプラザ(1983)
  2. Return to Forever(Al Di Meola, Stanley Clarke, Lenny White)@中野サンプラザ(1983)
  3. Trio Music(Miroslav Vitous, Roy Haynes)@オープンシアターEAST(1986)
  4. Akoustic Band(John Patitucci,Dave Weckl)@Winter Garden(1991,Free Concert)
  5. Elektric Band(Eric Marienthal, Frank Gambale,John Patitucci,Dave Weckl)@Bottomline NY(1992)
  6. John McLaughlin Duo@Blue Note NY(2016)
  7. Elektric Band(メンツは5と同じ)@Blue Note東京(2017)
  8. Trilogy Trio(Christian McBride,Brian Blade)@Blue Note東京(2019)

振り返ってみれば大した回数ではないが,どのライブも今でも印象に残っている。途中間があいたものの,ここ数年はライブに行く機会が増えて,何度か彼の演奏を観られたのは今にして思えば幸せなことであった。このライブ・リストにも感じられる多様性こそがChick Coreaの凄いところだと思う。そして,アルバムも本当に多様であり,やや濫作の気はあったものの。多くの場合において多彩かつ高質な音楽であったというところには今更ながら驚かされる。

そんなChick Coreaが残したアルバムの中では,私にとってはチューリッヒでのGary Burtonとのライブこそが最高傑作だと思っているが,そのほかにも多くのアルバムで楽しませてくれた。訃報に接してから,仕事の傍ら,Chick Coreaの音楽をずっと聴いていたのだが,どれも相応に魅力的であり,そして本当にいろいろな音楽をやってきたのだなぁと思っていた。

ジャズ界はまた一人偉大なミュージシャンを失ってしまったが,Chick Coreaの業績には疑問の余地はないし,彼の音楽がこれからもずっと聴き続けられることは間違いない。私のジャズに対する嗜好の一部を確実に作り出したChick Coreaには改めて感謝し,哀悼の意を表したい。

R.I.P.

2021年1月26日 (火)

300万PV。ありがとうございます。

1/23の土曜日にPV数が300万に到達したようだ,200万PVから約5年を要して,300万PVとなったが,100万PVまで5年9か月,100万→200万が3年4か月だったことを考えると,300万PVには結構時間が掛かってしまったが,それでも素人の私でも,こうした数字を実現できるというのは実に感慨深い。これも偏にヴィジターの皆さんのおかげであり,この場を借りて,感謝申し上げたい。

考えてみれば,この間にSNS等,ブログ以外の情報発信手段が発達する一方,お知り合いのブログが停止してしまったり,更新頻度もだんだんスロー・ダウンしている現状は,ブログそのものがなくなることはないとしても,オプションの広がりによって,必ずしもブログでなくてもいいのではないかという傾向が強まっているのではないかと思える。

そもそもブロガー3年限界説ってのもあったが,私の場合,加齢に伴い,ブログ運営においてボケ防止の要素が段々高まってきつつあり,当面やめる気はない。そして,コロナウィルス禍による在宅勤務が増えることで,今まであまり聞けていなかった音楽に触れる機会も増えたから,取り上げる音楽も幅が広がった。その一方で,新譜購入意欲はどんどん衰えているから,これまでより新譜紹介の機会は減っていくと思われる。

しかし,このブログも15年目に入り,いつまで続くかはわからないが,今後も戯言を垂れ流していくと思う。

改めて,ヴィジターの皆さんには引き続きよろしくお願い申し上げます。

2021年1月11日 (月)

追悼,David Darling

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David Darlingが亡くなった。かなりの人にとっては,それって誰?って感じかもしれないが,David DarlingがECMに残したアルバムはそれぞれに味わい深いものであり,チェロという楽器の魅力を伝えるために果たした役割は大きい。

David Darlingの音楽はジャズにカテゴライズするよりも,アンビエント,あるいは現代音楽と呼んだ方がよいかもしれない。グラミーではニューエイジ部門で受賞しているし。そんなDavid Darlingの訃報に接し,私が聞いていたのが彼の初リーダー作であろう"Journal October"だったのだが,その冒頭に収められた”Slow Return"なんかにはミニマルな感覚もあるし,いろいろなタイプの音楽にチャレンジした初リーダー作らしいアルバムであった。

彼のリーダー作はどれも好きだが,それ以外で言えば,私は"Until the End of the World"のサウンドトラックが印象に残っている。私がDavid Darlingのアルバムを購入しだしたのは,このサウンドトラック・アルバムが契機だったと言っても過言ではないのだ。

David DarlingのECMにおける活動は暫く続いたが,今世紀に入ってからは縁が切れてしまったようなのは,ちょっと残念であった。しかし,彼の残したアルバムはこれからもさまざまなリスナーに聞き続けられるだろうし,心の平安をもたらすのに役立つはずだ。

R.I.P.

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