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カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

2026年1月20日 (火)

追悼,Ralph Towner。

Ralph-towner

Ralph Townerが亡くなった。2023年にリリースした"At First Light"でも,衰えることのない音楽を聞かせていただけに,突然の訃報はショックだ。しかし,考えてみればRalph Townerも既に85歳だったという年齢を踏まえれば,いつかこういう時が来ることは覚悟はしておかなければならなかった。

私が初めて買ったRalph Townerのレコードが"Solo Concert"だったが,そこで聞かれたクラシック・ギターと12弦ギターの素晴らしい響きに魅せられ,私はそれ以来のRalph Townerのファンとなった。このブログを開設したのが2007年1月だったが,その2日目の記事にこの"Solo Concert"をアップしていることからしても,私がいかにこのレコードを愛していたかの表れだ。プレイバックにはもっぱらCDを使うこのアルバムも,ドイツ盤のアナログは決して手放すことはない。

その後,ECMのアルバムを中心に参加作も含め,数多くのRalph Townerの音源を集めたが,必ずしも傑作揃いとは言わずとも,失望させられることはなかった。このブログを開設後に出たECMの新譜はどれも素晴らしいと思ったが,中でもPaolo Fresuとのデュオ,"Chiaroscuro"が今でも印象深い。

私がRalph Townerのライブ演奏に接したのは,NYCのBottom LineにおけるOregon Trioとお台場にあったTribute to the Love Generationにおけるソロのたった2回だったのは返す返すも残念だ。そもそも海外出張時を除いて,私がライブ通いを再開したのが2009年以降のことであるから,それも仕方がないことではあるのだが,2019年の最後の来日となった高崎でのライブを日程の関係で見逃したのは本当に残念なことであった。それでもOregon Trioの時はピアノを聞けたのも懐かしいが,この人はギターだけでなく,ピアノも非常に上手い人だったことは改めて強調しておかねばならない。

さまざまなアルバムを通じて,私の音楽的な嗜好を明確にし,生活に潤いを与えてくれた人として,Ralph Townerには感謝しても感謝しきれない。世界はまた素晴らしいミュージシャンを失った。

R.I.P.

Ralph-towner-12strings

2026年1月 1日 (木)

あけましておめでとうございます。

Flower-mountain-field

皆さん,あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

このブログもいよいよ20年目に突入となりました。よく続けてきたものだという思いもあれば,ほぼ毎日更新することで,いろいろなことへの興味を抱き続けられるのだと思えば,丁度よいボケ防止だと感じる年齢となりました。もはや中年ではないと思いつつ,リブランディングするほどでもないよなぁと思いつつ,65歳になる今年はやはりブログの名前を変えることを考えようと思っています。と言っても忘れられない程度のマイナー・チェンジにしないとなぁなんて姑息なことも考えています。

ともあれ,本年も当ブログをよろしくお願いします。

2025年12月31日 (水)

皆さん,よいお年をお迎え下さい。

Fireworks-2025

今年も大晦日となった。去年も同じようなことを書いているが,今年もあまりにも秋が短い年だったという印象が強い。一方冬になっても,小春日和が続いたりしてやはり変だ。世の中では「四季」ではなく,もはや「二季」じゃないかとも言われるが,この季節感の減少は異常だ。それが一向に冬眠せず,人里に出没する熊にも伝播したとすら思えたが,季節感あってこその風情というものもあるし,それが失われては日本の良さも失われるのではないかと思えた。

今年は,私としては5年8か月振りの海外出張もあったが,久々ということもあり,あれほど旅慣れていると自負していた自分の嘘のような体たらくぶりにショックを受けるとともに,年初から神経痛に苦しむという一年を過ごした。歳は取りたくないと思いつつ,自分の衰えを痛感したのであった。

来年はもう少し真っ当な季節感をおぼえ,より健康に過ごしたいと思いつつ,今年も当ブログにお越し頂きありがとうございました。来年もよろしくお願いします。

それでは皆さんよいお年をお迎え下さい。

2025年12月 9日 (火)

追悼,Steve Cropper,Phil Upchurch。

Steve-and-phil

相次いで二人のギタリストの訃報に接することになった。影響力が大きかったのはSteve Cropperの方だろうが,Phil UpchurchもGeorge BensonやらDonny Hathawayをはじめとする人々のバックのみならず,リーダー・アルバムも多数という人であった。リーダーでもありながら,我々の記憶に残るのはバッキングというところが共通していると思えるが,60年代以降の音楽シーンの屋台骨を支えたと言ってよいギタリスト二人であった。

R.I.P.

2025年11月26日 (水)

Jimmy Cliffを偲んで,名作と言われたライブ盤を改めて聞く。

_20251125_0001"In Concert: The Best of Jimmy Cliff" (Reprise)

Jimmy Cliffが亡くなった。熱心なレゲエのリスナーではない私でも,Jimmy Cliffのアルバムを保有しているということで,これが唯一のアルバムなので,本作を改めて聞いて追悼である。訃報を聞いて,"Harder They Come"もストリーミングで聞いたが,やはり私にとっては本作の方がよいと思った。

改めて聞いてみて,John Sebastianも歌った"Sittin' in Limbo"がJimmy Cliff作だったと認識した無知な私である。更にリズムはレゲエそのものでやっても,曲がレゲエっぽくないCat Stevensの"Wild World"とか,レゲエをベースとはしながらも実に幅広い音楽性を持った人だったなぁと感じたのであった。冒頭の"You Can Get It If You Really Want"なんて,タイトルだけ見ればStonesの”You Can’t Always Get What You Want"に対するアンサー・ソングみたいルだと思いながら,そのポジティブな姿勢には心を打たれるよなぁと感じていた。

私は決してJimmy Cliffの音楽に頻繁に接してきた訳ではないとしても,このアルバムの持つ力は十分に感じられるし,魅力的な歌声を持つ歌手だったと思う。惜しい人を亡くした。

改めてR.I.P.

Personnel: Jimmy Cliff(vo), Ernest Ranglin(g), Earl "Baga"Walker(b), Noel "Diggles" Bailey(g), Carleton "Santa" Davies(ds), Ernest "Sterling" McCleod(key), Joseph "Joe" Higgs(vo, perc), Uzziah "Sticky" Thompson(perc)

尚,コーラス隊は"Give Thanks to"と書かれている8名だと思われる。

本作へのリンクはこちら。なぜかこのアルバムがストリーミングでも公開されず,媒体もほぼ廃盤状態というのは解せないなぁ...。

 

2025年11月15日 (土)

Return of 中年音楽狂 from ポーランド。

とは少々大袈裟だが,ポーランドの出張から帰国した。今回はプレゼンが1本,対談形式のFireside Chat1本,現地メディア取材1本と社内打合せが仕事の全てだったが,仕事はさておき,やはりアブダビ経由の移動はきついものであった。

振り返ってみれば,私がワルシャワを前回訪れたのは2009年のことだったようだが,その時は世界一周出張の道すがらということで,ワルシャワ滞在は1泊のみで,街並みを見る余裕すらなかった。今回は仕事が正午過ぎで終了したので,散歩がてらイベント会場(兼宿泊先)から徒歩で世界遺産,旧市街を目指した私であった。片道3km弱なので,日頃の散歩の距離からすれば楽勝だと思った。

Warsaw-1 まず訪れたのがワルシャワ王宮だったが,日本で言えば遠足や修学旅行みたいな子たちが多数いたが,そこから旧市街を目指そうと思ったら,映画か何かのロケーションが行われていて,通行できない箇所が多数で,奥深くまでは入り込めなかったのは少々残念であったが,まぁそれでも雰囲気は堪能することができた。

Warsaw-2 そもそも旧市街はナチスに破壊された街並を再建してしまうというところに,ポーランド人の矜持を感じられるところだが,写真から雰囲気だけでも感じてもらえればいいと思う。ポーランド経済は絶好調なので,ビジネス・ディストリクトとの違いが大きいことも実に面白かったが,歴史の重みを痛感させてくれる場所だったと思う。

Warsaw-4

そのほかにもいろいろ街並の写真は撮影しているのだが,もう一枚アップしておきたいのがサスキ庭園にある無名戦士の墓である。ここは第一次世界大戦後に建てられた国立の無名戦士の墓らしいが,この墓には永遠の炎が灯されているともに,衛兵がガードしているという徹底ぶりである。私が行った時には女性衛兵2名だったが,さすがに正面から撮影することは憚られたので,公園内の背面から撮影した写真である。こういうところにも歴史や人民のために戦った戦士に対するリスペクトが感じられて,愛国心というのはこういうところから生まれるのだと強く感じさせられたのであった。

しかし散歩をしていて,歩行距離は10km程度だったと思うが,最後は神経痛で足が痺れてきたのにはまいってしまった。

Elixir そのほかにポーランドらしいと思ったのがウォッカの種類の豊富さだった。私が初日にご招待頂いたのがELIXIR by Dom Wódkiというお店だったのだが,まぁ出てくるわ,出てくるわで私がいただいたのが計10種類のウォッカであった。芋,ライ麦,シトラス,梅,更にはわさび風味までウォッカの世界も奥が深い。写真のように棚に並んでいるのは全てウォッカなのだ。土産には最もオーセンティックなChopin Blackにしたが,それだけ飲めば酒の力で時差ボケも解消できると期待したものの,結局はほとんど眠れぬ夜を過ごした私であった。

Elixir-appetizer このレストラン,料理も非常に美味しくて,写真は牛肉のタルタルと豚肉のゼリー仕立て。味付けが適切で,素材のよさを味わえるナイスな店であった。もうこの辺は完全に出張者の役得ではあったが,マジでウォッカとの相性も最高で,ワルシャワに行かれる方には是非お勧めしたいレストラン。

今回は4泊5日,うち機中泊2泊というマジできつい出張だったにもかかわらず,それなりの成果はあったと思う。仕事の写真をアップすると,素性がバレバレになってしまうので,ここは仕事以外についてのご報告となった。疲れたのは事実だが,初めて登場したエティハド航空のCAのホスピタリティもよく,移動の辛さも軽減されたと言っておこう。特にアブダビ~ワルシャワの往復は同じCAが対応してくれて,「またあんたか~」みたいな感じで私のことを覚えていてくれたのもホスピタリティ向上に寄与したのは間違いない。

久々の海外出張はこうして終了したということでのご報告である。

2025年11月14日 (金)

出張はつらいよ: Again

Elixir-vodka

年8ヶ月ぶりの海外出張は移動もきつかったが,時差ボケも最悪レベルであった。そもそも55歳を過ぎた頃から時差の調整能力は衰えていたのを自覚していたが,今回は更にダメであった。

昨晩のディナーでは10種のウォッカ(芋,ライ麦,梅,シトラス,わさび!等いろいろあるのだ)を飲んだので,酒の力を借りて寝られると期待したのだが,おそらく2時間も寝ていない。さすがに2日目の仕事はきつかったが,これも全て歳のせいってことにしておこう。

それにしても今回のスケジュールはきつい。帰りも機中泊だしなぁ。「出張はつらいよ」ってのが冗談にならんわ。

携帯からの投稿なのでレイアウトは帰国後に修正することにして,取り敢えずのご報告である。

2025年11月12日 (水)

5年8か月ぶり(!)の「出張はつらいよ」。

「出張はつらいよ」と題する記事を最後に書いたのは2020年の3月のアリゾナ州フェニックス出張時に遡る。コロナ禍の広がりが懸念され始めた頃のことであり,その後のコロナ禍の世界的な広がりを受けて,出張は海外のみならず国内も含めて全てキャンセルされたというのが実態だ。そして私は2021年7月には定年を迎え,現在はシニア従業員として勤務している以上,後進に道を譲るという観点からも海外渡航は想定されていない。よって渡航の予算も取られていないから,もはや海外出張はないだろうと思っていたし,このブログに「出張はつらいよ」と書くことももうないだろうと思っていた。

しかしである。今回,ポーランドはワルシャワにおけるイベントへのお呼びが掛かり,費用は先方持ちということもあり,5年8か月振りの海外出張となった。この記事がアップされる頃には私は空の上を移動中のはずだ。

今回の出張は私のような老体には非常に厳しいスケジュールであり,4泊5日の出張のうち2泊は機中泊だ。しかも往復ともアブダビ・トランジットで,往路の移動時間はトランジット込みで21時間(!)だ。しかも到着して3時間半後には90分のプレゼンをこなさなければならないので,これは相当きつい。少なくともトランジット後の機内では飲んだくれることもできないので,寝ているだけって感じにならざるをえまい。寝ているだけでも移動はボディ・ブローのように効いてくるから,これぞ老体に鞭打つというところだが,何とかこなすしかないのである。

だから今回はマジで「出張はつらいよ」なのだ...。ということで,出張中は記事の更新が滞る可能性もあり,できるとしてもスマホからの投稿になるであろうことはご了承願いたい。いずれにしても何とか無事に帰ってきたいものだ。

2025年10月29日 (水)

追悼,Jack DeJohnette。

Jack-dejohnette

Jack DeJohnetteの訃報は突然であった。考えてみればJack DeJohnetteも83歳という年齢だったのだが,いつまでもシャープなドラミングを聞かせるイメージがあったので,年齢を感じさせない人であっただけに,この訃報は残念だ。ドラマーとしてだけでなく,ピアニストとしても優秀,リーダーとしても優秀というミュージシャンシップに溢れた人をジャズ界はまた失った。

New-direction-in-europe 追悼のために聞いていたのが,"New Directions in Europe"。冒頭のドラムス・ソロからJack DeJohnetteらしさが出たアルバムであった。Lester Bowieというひと癖もふた癖もあるミュージシャンさえ見事に使いこなすところは立派。また,Miles Davisとの通称「ロスト・クインテット」での演奏も忘れがたい。ブログにアップする記事とは別に,暫くはJack DeJohnetteが残した音源を聞き直すことにしたいと思う。

R.I.P.

2025年10月 2日 (木)

Jim McNeelyの訃報に接して,過去のアルバムを聞く。

Jim-mcneely

Jim McNeelyが亡くなったそうだ。私がJim McNeelyの名前を認識したのは80年代前半のStan Getzとの共演においてであったが,90年代後半以降はビッグバンドのアレンジャー,コンポーザー,コンダクターとしての活動がメインになっていたようだ。近年ではクリポタことChris Potterをソロイストに迎え,ストラヴィンスキーの「春の祭典」をモチーフとした"Rituals"が素晴らしい出来だったが,いずれにしてもチャレンジングな仕事をする人だなぁと思っていた。

Quest-for-freedom そんなJim McNeelyの訃報に接して,今まで聞いたことがなかったので,Dave LiebmanとRichie Beirachを迎えた"Quest for Freedom"を聞いてみた。LiebmanとBeirachを迎えて,ただでさえハイブラウなQuestがらみの曲をビッグバンドでやるというのでは,この作品もまさにアレンジャーとしては極めてチャンレンジングな仕事のはずだ。予想通りここでもハイブラウな作品に仕上がっているが,これがまた実にスリリングな出来であった。冒頭の"Pendulum"からしてひぇ~っとなってしまった私である。

日本ではそれほど認知度が高かったとは思えないJim McNeelyではあったが,このような作品を残していたことは十分なレガシーとして評価するに値すると思う。モダン・ビッグバンドのアレンジャーの鑑のような人であったと今更ながら思う。

惜しい人を亡くした。

R.I.P.

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