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カテゴリー「ジャズ(2020年の記事)」の記事

2020年12月30日 (水)

2020年の音楽を回顧する。

2020-best-albums

年の瀬も押し詰まってきたので,今年の音楽を回顧することにしたい。このブログにおいても,例年はジャズとそれ以外の音楽に分けて回顧をしてきたが,ストリーミングの一般化に伴い,CDの購入枚数は従来以上に減った気がするし,コロナの影響もあって,ミュージシャンの活動にも制約が生じていたから,例年のようにはいかないというのも仕方ない気がする。通常であれば,ブラジル音楽も取り上げるところだが,今年はブラジル音楽のCDは1枚も買っていないし,ソウル・ミュージックもほぼ購入していない。このブログで取り上げた新譜も30枚そこそこって感じなので,回顧もへったくれもないだろうってぐらいしか,新しい音楽に接していない。そして,ブログにアップしていないアルバムもあるし...。

しかし,そうした中で,やはり印象に残る音楽はちゃんと記録として,そして記憶として残しておかなければならないということで選ぶことにしたい。なので,今年はジャンルに関わりなく,私の中でのベスト盤を挙げるということにしたい。

正直言って,今年は圧倒的に傑出したアルバムはなかったという気がする中で,今でも強く印象に残っているのが須川崇志Banksia Trioによる”Time Remembered"ではないかと思う。まさに緊感感の持続する美学を体現したアルバムとして,このアルバムは高く評価しなければならないと思っていたし,このようなアルバムから日本から生まれたことが実に誇らしい。

そして,オーケストレーションの凄まじさという観点で,Pat Methenyの”From This Place"を外すことはできない,バンドとしての実力はわかっているとしても,それを増幅させたのはオーケストレーションだというのが,このアルバムである。Pat Methenyが大人のおもちゃのようなオーケストリオンを使った演奏は全く評価していない私であるが,このリアルなオーケストレーションは全く文句なしである。壮大かつエキサイティングな音楽とはこれのことである。

発掘という観点ではPaul Desmondのトロント音源集成ボックス以外には考えられない。もともと,この時の演奏を偏愛すると言ってよい私であるが,その時の音源が全部リリースされてしまったのだ。これぞ私の一生の宝と言ってもよいボックスであり,一番入手出来て嬉しかったのはこれである。

ジャズ以外で今年最高のアルバムはLaura Marlingの"Song for Our Daughter"と言いたい。いまやJoni Mitchellが引退状態の中,Joni Mitchellが持っていた音楽性を現代に展開できるのはLaura Marlingだと信じたくなるような傑作。プロデューサーのEthan Johnsの仕事とも相まって,実に素晴らしいアルバムであった。

そして,驚きの新作はDan Pennによる26年ぶりのスタジオ録音,"Living on Mercy"である。老境に達しつつある私にとっては実に味わい深いアルバムであった。Dan Pennと並んで絶対忘れてはならないのがBob Dylanの"Rough and Rowdy Ways"であろう。ジャズを除くアメリカ系音楽としてはこれ以外ないだろうというぐらいの決定的な存在感の2枚であった。

いつもだったら,こういうセレクションにはECMのアルバムが入っているだろうし,Brad Mehldau関係のアルバムも入っているはずなのだが,今年はそうはいかなかった。ECMで言えば,Marcin Wasilewskiのアルバム,Brad MehldauならJoshua Redmanとのアルバムがあったが,私はどっちも心底高くは評価できなかったっていうのが正直なところである。逆に言えば,私も何でもかんでも彼らのアルバムを評価するわけではないってことをご理解願えればよいだろう。はっきり言ってしまえば,彼らにとってはあれは決して成功作だとは思えない。Marcin Wasilewskiに関して言えば,推薦盤扱いにはしたものの,Joe Lovanoとの相性は決して最高とは思えなかったし,Brad Mehldauについて言えば,Joshua Redmanとのリユニオンに対する期待値が高過ぎた。

特に後者については,私の中では絶対あんなもんじゃないっていう気持ちが強かったっていうのが正直なところである。今回のリユニオンは,オリジナルの時代を越えられていないのは明らかで,あの4人が今,集結することによるケミストリーを生み出せなかったことに,私は失望したと改めて言っておきたい。

まぁ,Brad Mehldauの肩を持つとすれば,ソロで演じた"Suite: April 2020"はベネフィット・アルバムとしての意義に満ちた実に美しいアルバムで,相応の評価はするべきだということは付け加えておきたい。後に通常盤としてもリリースされたが,私は1,000枚限定のサイン入り当初盤LPを購入することにこそ,私個人としての意義を見出している。

そのほかにも,あれはどうした,これはどうした?みたいなのもあるのだが,印象深いものということでの選択となった。

2020年12月26日 (土)

やっぱりLookout Farmはえぐい。

Mosaic-select-liebman-beirach ”Mosaic Select: Liebman & Beirach" Dave Liebman & Richie Beirach(Mosaic)

久々にこのボックス・セットを取り出してきた。これは3枚組なのだが,1枚目がLookout Farm,2枚目がLiebmanとBeirachデュオ,そして3枚目がQuestの音源から構成された,実にハイブラウなボックス・セットである。

今日取り上げるのはその1枚目のLookout Farmの演奏であるが,このバンドのライブはどれを聞いてもリスナーを興奮の坩堝に陥れる,実にえぐいバンドであったと思わざるをえない。このブログでも,彼らのブートレッグやら発掘盤を取り上げているが,今にして思えば,Dave Liebmanが電化Milesバンドでの成果を踏まえた強烈なバンドであったと思わざるをえない。

そうした思いはこのボックスの1枚目を聞いていても同じであり,その場にいたら,私は悶絶していたに違いないと思うような演奏である。ここでの音源は1976年,サンフランシスコにあったKeystone Kornerでのライブ音源であるが,とにかく飛ばす,そしてこっちはとにかく燃えると言いたくなるような演奏の数々である。珍しくも"A Night in Tunisia"もやっているが,当たり前ではあるが,これがまた普通ではない。

とにかく久しぶりにこの音源を聞いて,またも興奮してしまった私であった。Keystone KornerのオーナーであったTodd Barkanがパーカッションで加わりたくなるのも頷けるような激演。やっぱ凄いわ。

Recorded Live at the Keystone Korner in 1976

Personnel: Dave Liebman(ts, ss, perc), Richie Beirach(p, el-p), Frank Tusa(b), Jeff Williams(ds, perc), Todd Barkan(perc)

2020年12月23日 (水)

Marc Coplandの新作:これが今年最後の新譜だろう。

_20201222 ”John” Marc Copland(Illusions Mirage)

年の瀬も迫る中,今年最後の新譜になるであろうアルバムがデリバリーされた。本作はMarc Coplandが2017年に亡くなったバンド・メイト,John Abercrombieの曲をソロで演奏した作品である。私は本作のリリースを全く認識しておらず,ブログのお知り合い,910さんの情報で慌てて入手したもの。

John Abercrombieの最後の来日となった2014年のCotton Clubにおけるライブにも同行していたMarc Coplandであったし,二人にはCopland名義の"Speak to Me"というデュオ・アルバムもある。持ちつ持たれつの関係みたいなところもあったと想像できるので,こうした追悼作のようなアルバムが出ることも頷ける話である。Marc Coplandには同じような趣向でGary Peacockの曲を演じた"Gary"というアルバムもあったが,Marc Coplandにとっては辛いところもあると想像しつつ,やはりトリビュートせざるをえないってところなのだろう。

そして,Marc Coplandのピアノで演じられるジョンアバの曲であるが,ピアノの響きの美しさは,いつもながらって感じである。Marc Coplandのピアノに実にフィットしていて,ジョンアバの作曲家としての手腕についても改めて感じさせられるものがあった。冒頭には"Timeless"が収められているが,ピアノだとこういう感じなのねぇと,ついつい反応してしまった私である。"Timeless"はRalph Townerも"Solo Concert"で演じているが,全然感覚が違って面白いのだ。

戦局はCoplandとジョンアバの共演作からだけではなく,幅広く選ばれているが,面白いと思ったのは,ジョンアバとRalph Townerのデュオ作2枚から1曲ずつ取られていることだろうか。いずれにしても,ジョンアバのアルバムを改めて聞いてみようという気にさせる効果満点の実に美しい捧げもの。星★★★★☆。

録音が最近ではECMにも使われているStudio La Buisonnne,そしてエンジニアリングもECMにも対応するGerald de Haroということもあって,ECMから出ても不思議ではないって感じのアルバムであるが,やはりソロでのMarc Coplandのピアノの味わい深さは私の趣味に合致してしまうというところである。

Recorded on November 11 & 12, 2019

Personnel: Marc Copland(p)

2020年12月19日 (土)

Steve Kuhnの”Trance”を久しぶりに聞く。

_20201218 "Trance" Steve Kuhn(ECM)

Steve Kuhnの昨今の動静は伝わってきていないが,既にSteve Kuhnも80歳を越えているので,このコロナ禍においては,活動に制約が生じるのもまぁ仕方がないところかもしれない。しかし,長きに渡って,レベルの高い演奏を続けてきたことは間違いないピアニストである。そんなSteve Kuhnには結構な数のリーダー作があるが,その中でもECMでのSteve Kuhnというのは一種独特というか,レーベル・カラーにびしっと収めてくると感じるのは私だけだろうか。

そんなSteve KuhnがECMから最初にアルバムをリリースしたのが1975年で,本作と"Ecstasy"とどっちが先かはよくわからないとしても,どっちにしてもなんちゅうタイトルをつけるのかねぇなんて思ってしまう。こんなタイトルをつけるから「耽美的」みたいに思われてしまうのだ(笑)。

しかし,このアルバムは,Steve Kuhnの抒情的な側面と,リズミックにはねるアプローチが共存したアルバムとなっていて,実によい。後者はエレピを弾いたときに顕著な感じであるが,私はSteve Kuhnのエレピ使いは結構うまいと思っていたが,それを更に強く感じさせる演奏と言ってもよいだろう。そしてそれを支えるのがJack DeJohnetteなのだから,そのノリの強烈さは通常以上という気がするし,ベースのSreve Swallowがここまでアグレッシブな感じを出すというのも,DeJohnetteとの相乗効果のように思える。更にはSue Evansがパーカッションで加わることで,リズムの力強さを増す。

そうした意味では,このアルバムは1枚で2度美味しいという感じであるが,聞いてみれば,やっぱりECMって感じの音に収斂されるところがECMのECMたる所以であり,Steve KuhnとECMの親和性を示していると言ってもよいと思う。既にリリースから45年を経過しているが,全く古びたところを感じさせないのは実に見事。星★★★★★としてしまおう。尚,タイトル・トラックは後のECMのアルバム,"Promioses Kept"で実に美しく再演しているが,そっちもいいねぇ。

いずれにしても,久しぶりにSteve Kuhnのエレピを聞くべく,"In New York"のLP(カット盤<死語!>である)でも取り出してみるか(笑)。

Recorded in November 1974

Personnel: Steve Kuhn(p, el-p, voice), Steve Swallow(el-b), Jack DeJohnette(ds), Sue Evans(perc)

2020年12月18日 (金)

コロナ禍の産物と言ってもよいクリポタの新譜。

_20201217 "There Is a Tide" Chris Potter(Edition)

コロナウィルス禍の中で,ミュージシャンも大変な思いをしていると思うが,ライブには制約が生じ,今や無観客ライブをストリーミング配信するってのが普通になってしまった。そうは言っても,ライブの場でのヴィヴィッドな聴衆の反応を感じられないのはフラストレーションがたまるだろうと想像してしまう。それはプレゼンテーションをする機会の多い私が,リモートではオーディエンスに受けているのか,滑っているのかもわからないのと通じるところがあるはずだ。

そうした中で,クリエイティブな姿勢を維持していこうとするのも結構大変だと思う訳だが,そこを全楽器を一人でこなすという対応をしたのがこのクリポタことChris Potterの新譜である。まぁクリポタはPat Metheny Unity Groupのライブではギターも弾いていたし,ブート音源で聞いたAri Hoenigとのデュオ・ライブではピアノも弾いて,器用なことはわかっていたとしても,楽器全部やってしまうってのが凄いのである。Princeか?って感じだ。

そうは言っても,管楽器が主楽器のクリポタであるから,ほかの楽器を同等にっていう感じではないことは本人もわかっているだろうから,ここでは我々が期待するようなブリブリ感は抑制され,ミディアム系のリズムで,比較的落ち着いた感じの演奏が展開されている。まぁ宅録みたいなものだから,オーヴァーダブで気に入らなければ,何回でも録りなおしが出来るとは言え,この構成力は半端ではないと感じさせるに十分である。かつ,こういう時期だからこそ生まれたアルバムだとも言える作品だが,こうした取り組みを打ち出すその姿勢こそが評価に値すると思うのだ。

Photo_20201217184101 正直言ってしまえば,音楽としては星★★★★程度だと思うのだが,そういう姿勢にオマケして星★★★★☆としたくなるのである。それがファンのファンたる所以と言われてしまえば反論の余地はない。それでもやっぱりこういうのは評価しなければならないと思うのだ。ということで,右の写真はオマケでついてきたクリポタのサイン入りのカードの表裏だが,どこに置いておけばいいんだろう?(爆)。

Personnel: Chris Potter(ts, ss, cl, b-cl, fl, a-fl, p, key, g, b, ds, perc, sample)

2020年12月16日 (水)

実に不思議ながら,面白いMichael Shrieveのアルバム。

_20201214 "Two Doors" Michael Shrieve (CMP)

これは実にユニークなアルバムである。Michael Shrieveと言えば,ベテランにとってはSantanaのオリジナル・メンバーであり,Stomu Yamashitaの"Go"プロジェクトにおけるコラボレイターって感じだろうが,今の人にとっては誰それ?ってところかもしれない。しかし,私のような初期のSantanaの音楽を好むリスナーにとっては忘れられない人である。

そんなMichael Shrieveが90年代にリリースしたアルバムが本作なのだが,これが実にユニークなアルバムである。当初からこのフォーマットでリリースされているはずなのだが,1枚のアルバムに録音時期も異なる,2つのコンセプトも異なる編成で録音し,かつ各々に"Deep Umbra"と"Flying Polly"という副題まで付けてしまっているのだ。

しかもである。メンツがかたやShawn LaneとJonas Hellborg,こなたBill FrisellとWayne Horwitzという誰がどう見ても変態と言ってよい組み合わせなのだ。こうして1枚に全然違う編成をぶち込んでしまうというのは,聞く方からすれば戸惑うってこともあるだろうが,それでもこの違いを楽しむことの方が重要のように思える。

想定通りではあるが,Shawn LaneとJonas Hellborgとのトリオは,かなり激しく,そしてテクニカルかつスピーディにやっているが,Bill FrisellとWayne Horwitzはもう少し音響系で来るかと思いきや,これも結構激しくやる部分もある。Bill Frisellはいろいろなスタイルを持っているということが最近忘れられているようにも思えるのだが,ここではハードな側面も打ち出していて変態ビルフリの本領発揮って感じである。

そういう意味では1枚で2度おいしいって感じだが,やっぱりこれは面白い。でもしょっちゅう聞くには絶対ならないが(笑)。星★★★★。

Recorded in November 1993 and May 1995

Personnel: Michael Shrieve(ds), Shawn Lane(g, vo), Jonas Hellborg(b), Bill Frisell(g), Wayne Horwitz(org)

2020年12月15日 (火)

懐かしのQuincy Jones武道館ライブ。

Quincy-jones-at-budokan "Live at Budokan" Quincy Jones(A&M)

実に懐かしいアルバムである。私は以前,このアルバムを保有していたのだが,いつの間にやら売ってしまったものの,その後本作が廃盤状態となるや,また聞きたくなるというアホなパターンを繰り返してしまった。それでもCDはとんでもない値段がついているので,比較的入手しやすいLPでの中古盤をゲットしたのである。入手したのは見本盤だけに,売るときは買い叩かれるだろうが,私が生きている間はよほどのことがない限り売ることはないからまぁいいや(爆)。

そしてデリバリーされたLPをプレイバックしていて,実に中身をよく覚えていることに我ながら感心してしまったのであった。ここに刻まれている音をほとんど記憶していたと言っても過言ではないから,売ってしまう前は相当聞き込んでいたってことになる。今の時代であれば,完全版とかをリリースしてもいいのではないかと思えるような演奏が収めれらていてうれしくなってしまうが,オーディエンスの拍手なんかには結構編集された感じがあるのもご愛敬って感じだろうか。

以前LPを保有していた時から,豪華なメンツだよなぁと思っていたのだが,やっぱりこれはかなりのイベントであったということを感じさせる。Toots Thielemansがここにいるということ自体が凄いことであるし,リズムはLouis JohnsonにJohn Robinsonだもんなぁ。どうせならこのライブの場にいたかったというのが今となっては夢のまた夢であるが,私は大学に入ったばかりの1981年だし,おそらくチケットの入手を試みた記憶もないから,入学前にチケットは発売されていたのではないかと思う。まぁ,私がその頃Quincy Jonesの音楽に興味を示していたかと言えば,それも疑問なのだが...。でもこれは観ておきたかったと思わせるものである。

LPのA面で言えば,やはり"Just Once"である。James Ingramはほぼオリジナル同様の歌唱を聞かせて,実にうまいと思わせるし,つくづくいい曲である。桑田佳祐が嘉門雄三という変名で歌った時に知ったこの曲であるが,James Ingramのためにあるような曲だというのを痛切に感じさせる。それに続くのが”Razzamatazz"だが,ここでのPatti Austinの歌唱も素晴らしい。アルバムとしてはB面に盛り上がりを持って行こうとしているが,私はA面のこの2曲の歌に痺れていたことを思い出してしまった。

B面は”Stuff Like That"から”Bluesette",そして「愛のコリーダ」という鉄板の流れであるが,まだこの頃はToots Thielemansが口笛とギターのユニゾンをやっている。その"Bluesette"では,こんな難しいフレーズを口笛でやらなくても...と思わせるようなところもあるし,口笛がフラット気味なのは武道館という音場ゆえかと思わせるところもあるが,それはそれとしてもやはり味わいがあったなぁと思わせる。

いずれにしても,廃盤にしておくのはもったいないと思わせる音源であるが,廃盤なのは権利関係の難しさなのかもしれない。しかし,久しぶりに聞いてもこれはなかなか強烈なライブ盤であった。何だかんだ言ってこういうのが好きなんだなぁと再認識した次第。反省も込めて星★★★★★。それにしても豪華なメンツなのは,もはやバブルの萌芽だったのかもなぁ。もしNHKに映像が残っているのであれば,是非再放送して欲しいものである。山口百恵やキャンディーズもいいが,こういうのもやってくれるといいのだが。

それにしても,アルバムの最後にPatti Austinらしき声で,「さよなら,どうもありがとう」と言っているのが聞こえるのだが,完璧な日本語の発音,イントネーションだったって感じていたのを改めて思い出してしまったが,実にそれが印象に残っていた。Quincy Jonesの「パーティしましょうか」とか言っているのが適当な日本語の発音であるのと大違い(爆)。

Recorded Live at 日本武道館 on July 9, 1981

Personnel: Quincy Jones(key, cond), Greg Phillinganes(key, synth, vo), Rod Temperton(key, synth, vo), Carlos Rios(g, vo), Jea(n "Toots" Thielemans(hca, g, whistle), Louis Johnson(b, vo), Ollie E. Brown(perc), James Ingram(vo), Patti Austin(vo), Peggy Jones(vo), Vivian Cherry(vo), Jana Tyler(vo), 原信夫とシャープス&フラッツ and Others

2020年12月14日 (月)

Ben Riley:まさに大人の音楽だな。

_20201210 "Grown Folks Music" Ben Riley (Sunnyside)

主題の通りである。だって,アルバムのタイトルが”Grown Folks Music"なのだから,まさしく「大人の音楽」である。このアルバムがリリースされたのは2012年のことだが,私がこのアルバムを購入したのは,Wayne Escofferyにつられてのことである。Tom Harrellのバンドで注目され,リーダー作もいい作品を連発しているから,私は東京でのライブも見に行ったぐらいであるが,それに値するレベルのミュージシャンだと思っている。自分のアルバムではコンテンポラリーな響きを聞かせるWayne Escofferyが,ベテランBen Rileyと演奏するとどうなるのかというところに興味があったから買ったはずである。

Ben Rileyと言えば,Thelonius Monkのレギュラーだった大ベテランだが,その後,Wayne Escofferyも参加したMonk Legacy Septetというバンドもやっていたらしいから,全く縁がない共演ではない。そのSeptetのアルバムではテナーはJimmy Greeneが吹いているが,ライブではWayne Escofferyが入っていたってことなのかもしれない。

それはさておきである。Monkの”Friday the 13th"に始まりスタンダードが並ぶ演奏は,刺激に乏しいと言ってしまえばその通りなのだが,実に落ち着いたトーンで演奏されたアルバムとなっていて,やさぐれた精神状態を落ち着けるにはこれぐらいが丁度ええわと思いたくなるようなものである。

Ben RileyはMonk Legacy Septetでもここでもピアノレスの編成を取っているのは,誰もThelonus Monkの代わりにはなれないってことで,おそらく意図的なんだろうと思うが,ピアノに代わってに入っているのがギターである。ここでは2人のギタリストが参加しているが,一人は懐かしや Freddie Bryantである。JazzCityレーベルにアルバムを残したものの,その後の動静はほぼ知る由もなかった(Fluerineのアルバムで見かけたぐらい?)が,ここでも実にオーセンティックなギターを弾いている。もう一人Avi Rothbardというギターが4曲,Bryantが3曲の参加であるが,名前を久しぶりに聞いたってところである。しかし,1日で録音しているのだから,ツイン・ギターにしてもよさそうなものだが,ギタリスト2人に各々華を持たせるって感じだったのかもしれない。

いずれにしても,比較的コンベンショナルな響きの中で落ち着いた音楽を楽しむにはいいアルバムだが,Wayne Escofferyの芸風の広さも認識できるアルバム。まぁ,正直なところ,もう少しWayne Escofferyにはブイブイ吹いて欲しかったが。星★★★☆。

Recorded on August 30, 2010

Personnel: Ben Riley(ds), Wayne Escoffery(ts), Freddie Bryant(g), Avi Rothbard(g), Ray Drummond(b)

2020年12月12日 (土)

記録としては面白いとしても,これはさすがにやり過ぎじゃないかと思わせるBill EvansのVillage Vanguardコンプリート・ボックス

Complete-vanguard ”The Complete Live at the Village Vanguard 1961" Bill Evans(Riverside)

Scott LaFaro,Paul Motianを擁するBill EvansのVillage Vanguardの演奏の素晴らしさにケチをつける人間はいないだろう。それは"Waltz for Debby"と”Sunday at the Village Vanguard"からだけでもわかるし,その後公開された音源からもはっきりしている。このボックスの存在意義は電源の瞬断によって未完成テイクとなった冒頭の"Gloria's Step"を収録したこと,演奏順に曲を並べたこと,そして曲間のトーク等も収めたことで,録音当日の全貌を時系列に追うことができることにほかならない。

しかし,その意義は認めない訳ではないとしても,ここまでやると私はやり過ぎではないかと思えるのだ。当日のライブの様子を確かに追体験できることに感動するリスナーもいるだろうが,それは私から言わせればもはやオタクの世界である。このボックスに収められた未発表テイクは,上述の不完全テイクだけなのだ。アナウンスメントが大事だとか,聴衆のざわめきが大事だとか言われたら,私は「あぁ,そう。」ぐらいの反応しか示せない。

優れた演奏であることは否定しないが,それは既に発表されていた音源からで十分なものであったはずである。だから私にはこれはやり過ぎ感しか覚えないし,更にアルバムに添えられた故岩浪洋三のライナーが噴飯ものであることも印象を悪くした。故人に鞭打つ訳ではないが,岩浪洋三という人の批評やライナーは面白いと思ったことがないのだ。まさに通り一遍でしかなく,ラズウェル細木の漫画で皮肉られたのはまさに岩浪洋三だっただろうと言わざるを得ない。

そんなこともあり,音楽的な価値は認めるものの,結局は日本のレコード会社の商魂のたくましさしか感じられないというのが正直なところ。だからこのボックスはクロゼットの奥にしまわれたままだったのだが,久しぶりに聞いても,やっぱりこれは行き過ぎである。こんなものをありがたがるより,オリジナルのアルバム2枚をしっかり聞き,12枚組のComplete Riversideでの公開音源に耳をすますべきなのだ。ということで,このボックスは私には全く不要(きっぱり)。中古盤屋に売っても,買い叩かれるのが明らかなので保有しているだけみたいなもんだな(苦笑)。

2020年12月 8日 (火)

私の中ではMichel Petruccianiと言えばこれ。

_20201205-2 "Live at the Village Vanguard" Michel Petrucciani Trio(Concord)

私はMichel Petruccianiの熱心なリスナーでも何でもないので,保有しているアルバムは極めて限定的なのだが,このアルバムを聞いたときは実にいいと思ったし,今でもこのアルバムはよかったと思っている。だったらもう少しはまってもよかったのではないかと思えるぐらいだが,私がMichel Petruccianiの音楽に深入りすることはなかったのだ。

多分,本作が私が初めて聞いたMichel Petruccianiのリーダー作だったと思うが,リリースのタイミングが1985年だったので,私の茨城県民としての生活が始まった頃である。茨城で暮らしたのは2年弱であったが,現地で寮生活を送りながら,実は大学時代のアパートを借り続けていて,月2回ぐらい週末になると東京に戻ってくる生活を送っていたのも懐かしい。しかし,仕事が徐々に忙しくなってくると,そうも行かなくなっていった。アパートを引き払ったのがいつだったのかももはや記憶が曖昧だが,そんな事情もあって,音楽についても輸入盤屋に通って,新しいものに接するチャンスが減っていた頃だったから,Michel Petruccianiの音楽に深入りしなかった(できなかった)というのが,おそらくはその理由だろう。そもそも私が保有しているのは珍しくも国内盤だし。きっと水戸で買ったに違いない(この前記事にした"Gaudi"でも同じように書いたなぁ...)。

それはさておき,このアルバムも実に久しぶりにプレイバックしたのだが,冒頭の"Nardis"からしていいねぇと思ってしまった。多くのリスナーがBill EvansとMichel Petruccianiを重ねてしまうような演奏だと言ってもよいが,実に適度なリリシズムと,素晴らしいアドリブ・センス,そしてバックを支えるPalle DanielssonとElliott Zigmundの好演もあり,実にいいアルバムとなった。Elliott Zigmundと言えばBill Evansとの”You Must Believe in Spring"で素晴らしい助演をしていたし,スイスでの放送音源とかを聞いても相性がよかったと思う。そうした意味で,Bill Evansに近いリリシズムを持つMichel Petruccianiとも相性はいいに決まっているって感じである。

そして,ベースにPalle Danielssonを持ってくるというメンツの妙味もあって,このトリオ,実に魅力的な音楽をやっていたということを改めて感じさせてもらった。Blue Noteレーベルの"Pianism"もこのメンツらしいので,ストリーミングで聞いてみたいと感じさせるほどのトリオであったということで,反省も込めて星★★★★★としよう。

Recorded Live at the Village Vangard on March 16, 1984

Personnel: Michel Petrucciani(p), Palle Danielsson(b), Elliott Zigmund(ds)

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