村上JAM@すみだトリフォニーホール参戦記

私は作家としての村上春樹のファンではあるが,彼のラジオ番組を聞くところまでのファンではない。しかし,このライブが告知された時,高いなぁと思いつつ,メンツがメンツ,更に「熱く優しいフュージョン・ナイト」と題されては,おぉっ,これは行かざるをえまいということで,高いチケット代を払いながらの参戦となった。場所はすみだトリフォニーホール。ここに来るのはPat Metheny Unity Bandのライブ以来か。最初からBlue Note東京でもやるのがわかっていたら,Blue Noteに行くという選択肢もあったが,告知が出たのはチケットに応募した後であった。まぁいいんだけど。
それにしてもプレミアム席¥38,000,私が買ったSS席が¥22,000って,海外のオケか!と言いたくなったが,それでも席としては比較的前方ど真ん中という決して悪いものではなかった。そこにプレミアム席との¥16,000というギャップはちょっとでか過ぎやしないか?と思ったのも事実。どこまでが¥38,000なんだろうなぁなんて思っていたが,それでも一番安い¥12,000の席まで座席が完全ソールド・アウトってのはやはり村上春樹パワー?なんてことを思いつつ,いそいそと錦糸町まで出向いた私であった。会場に着いてみると,やはりこの手の音楽のいつもの聴衆とかなり違うように思えた。やっぱり村上春樹パワーだな(笑)。
今回の告知を見て,私が不安を感じたのが音楽監督を務めるのが大西順子ってことであった。私はこの人の音楽は評価しているのだが,どうもライブでの相性がよろしくない。演奏は最高だったオーチャード・ホールでの「バロック」再現ライブのPAのひどさ,Blue Noteでのライブでも増幅されたピアノ音やどうでもいい喋りなんかが気にいらず,大西順子のライブはもうええわと思っていたクチなのだ。だが,今回はイベントがイベントだけにそんなことは言っていられない。だって,マイキーことMike Sternはいるし,リズムはJohn PatitucciにEric Harlandと鉄板だからねぇ。
そして村上春樹と坂本美雨のトークに続いて始まった第一部は"Jean Pierre"でスタート。メンバーのソロ回しが続く中で,最初からマイキーことMike Sternは上機嫌でノリノリ,なのはいいのだが,ギターの音にクリアさが感じられない。おいおい,と思っていたら,追って別の曲で大西順子が弾いたRhodesの音もくぐもった感じがするし,またもPAの問題ありなのか?と思っていた。それはさておき,マイキーのオリジナルやら,"Spain"やらをプレイした訳だが,やはり急造バンドとしての粗さは否めないと思っていた。まぁ「せ~の」でやっているような感じだから,多少粗くたって,このメンツの演奏を純粋に楽しめばいいやってところか。
第二部は20分の休憩後,記憶が確かなら"Directions"でスタートしたと思うが,PAは若干改善したように思えたのは気のせいか?その一方,この"Directions"のテンポ設定は私は明らかに失敗だと思っていた。このメンツであれば,MilesやWeather Reportがプレイしていたぐらいのテンポでも演奏できたはずだし,その方が聴衆にももっと受けたはずだと思っていた。そのほかにこれまたこのメンツに合っているとは思えない"Cantaloupe Island"から,曲名を失念したマイキーのオリジナル・バラッド,そして本編の最後はなんと"Chromazone"であった。そしてアンコールはtp,saxの2管という編成からプレイすることを予想していた”Some Skunk Funk"で終了し,その後はトーク・セッションという構成であった。
演奏を聞いていて,今回の音楽監督である大西順子は,最年長のマイキーを結構立てていたように思える。ソロ・スペースは結局マイキーが一番多かったように思えるし,マイキーの曲は結局3曲やったはずだから,気を使っていたのは間違いないところだろう。一方のマイキーもいつもならオーバードライブを踏み込んで,ハードなソロをもっと続けそうなところを,ほかのメンバーにソロを回すという大人の対応をしていた。まぁそれでも,全編を通じて最も機嫌がよく,かつノリノリだったのは間違いなくマイキーであった。とても古希を過ぎているとは思えないのはさすがマイキーである(笑)。
演奏そのものについては,急造バンドに完璧を求めるのは野暮だと思うので,演奏はまぁよしとするとしても,私にはこのバンドにおけるKirk Whalumがどうしてもミスキャストとしか思えなかった。ソロは必要以上にフリーキーに流れる瞬間もあり,フィット感がイマイチなのだ。日頃やっている音楽とのギャップが大きいことは否めまい。まぁこのライブの前にBlue Note東京へ出演していたというタイミングもあろうが,どうも合ってないよなぁという印象は最後までぬぐえなかった。むしろラッパの黒田卓也は鋭いフレージングも聞かせて,善戦していたと思う。また,Eric Harlandが純粋なフュージョンを演じるというのはこれまであまりなかったと思うが,やはり実力者,何でもできるところは示したと思える。John Patitucciは両刀使いの代表みたいなところもあるので,あれぐらいできて当たり前とも言えるが,今回の演奏でもソロもバッキングも見事なものであった。
そして音楽監督の大西順子であるが,緻密なアレンジを施すことも難しい中で,無難にバンドをまとめたと思うし,彼女のピアノやキーボードのフレージングはやはり鋭いと思った。まぁそれでも上述の通り,バンドとしての粗さが出てしまうのは仕方がないところだろう。コンベンショナルなジャズならまだしも,フュージョンはアンサンブルやユニゾンが崩れると,粗が目立ってしまうのも事実であり,今回もエンディングに乱れが感じられる部分はあったと思う。純粋な音楽ライブ・イベントだと思うと文句も言いたくなるような部分もあるが, 今回の場合,「村上春樹のイベント」としての位置づけもあるので,ここは大目に見ることにしておこう。私としては村上春樹本人が演奏をどう思っていたのかが興味深いところではある。
ついでに言っておけば,最後のトーク・セッションは蛇足だし,運営上もう少しやりようがあったと思うのは私だけではあるまい。ステージ上に椅子を並べながら,時間切れでEric Harland,Kirk Whalum,黒田卓也は座っているだけだったってのはさすがにねぇ...。村上春樹はマイキーにいくつか質問をしてかなり時間を使ってしまったのが理由の一つだが,実は村上春樹もマイキー好き?なんて思っていた私である(笑)。
更にその後,メディア向けフォト・セッションもあったようだが,一般人は撮影禁止だし,そこまで付き合うことなく会場を後にした私であった。フォト・セッションの様子はネットから拝借。
Live at すみだトリフォニーホール on June 29, 2024
Personnel: 大西順子(p, key, music-director), Mike Stern(g), 黒田卓也(tp), Kirk Whalum(ts, ss, fl), John Patitucci(b), Eric Harland(ds), 村上春樹(mc),坂本美雨(mc)

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