日野皓正からのつながりで,今日は日野元彦:この程度のアルバムだったのか...?
昨日,兄貴の日野皓正のアルバムを取り上げたので,今日は弟の日野元彦である(笑)。このアルバムを聞くのも実に久しぶりだったのだが,時間の経過によって,随分印象が変わってしまったという感覚を覚えたことは告白しておかねばならない。
私の保有しているCDは,兄貴の日野皓正よりも,日野元彦のものの方が多い。これもその一枚だが,買った当時はこのアルバムに好印象を持っていたし,だからこそずっと一軍の棚にいたのである。本作が出たのはほぼ四半世紀前のことになるが,当時の日本ジャズ界のそれこそ「若手の精鋭」を集めたバンドだったと言ってもよいだろう。結構これはカッコいいのではないかという印象をずっと持ったままラックに収めていたのだが,久しぶりに聴いてみると,これがピンと来ない。むしろ全くいいと思えない。それは私の加齢のせいかもしれないし,そもそもの審美眼,あるいは趣味,嗜好の変化ということかもしれない。だが,今回,久々に聴いてみて,本作に対してどうにも私には受け入れがたい「軽さ」を感じてしまったのである。
全9曲中3曲がリーダーのオリジナルだが,そのほかはMiles Davis人脈のレパートリーを中心とするモダン・ジャズ・オリジナルである。それを3管ではあるが,80年代に復活後のMilesバンドの感じのファンク色を交えて演奏するってところのアルバムである。なのだが,私がどうしても違和感を覚えてしまうのは,わざわざアレンジメントをいじる必要があるのかって曲を,「オリジナリティを必死で出そうとする感じ」がある意味痛々しく感じてしまうということだ。例えば,2曲目は"So What"となっているが,それが出てくるのは最後の最後ってのは,さすがに気負い過ぎだよって言いたくなるのだ。
ここにいるメンツであれば,ギミックをかまさなくても演奏の質は保てたと思えるのだが,策に溺れた感があって,全然楽しめないのだ。私に言わせれば,こういう演奏を以てよしとしたプロデューサーの趣味の悪さを感じざるをえないというところだ。曲が曲だけに,普通にやりたくない気持ちはわかる。そういう曲が揃っているから,ミュージシャンとしてはそう思うのも理解できない訳ではない。しかし,ここでの演奏は私にはギミックと,サウンドとしての軽さしか感じられない凡作なのだ。それは1曲を除いてアレンジを施した納浩一の責任でもあるが,A級戦犯はプロデューサーの方だろうな。
今回,私はこのアルバムを一軍の棚に入れておいたことは明らかな間違いだったと思った訳だが,それも聞いてみないとわからないってことで,いい勉強になった。いずれにしても,本作は本日を以て二軍行きが確定したのであった(笑)。星★★★。日野元彦を聞くならば,このアルバムからではない(きっぱり)。あ~あ。
Recorded on June 11-15, 1994
Personnel: 日野元彦(ds), 納浩一(b),大石学(org),道下和彦(g),佐藤達哉(ts, ss),五十嵐一生(tp),山田穣(as)
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