菊地雅章のラスト・レコーディング:背筋が伸びる思いである。
"Hanamichi: The Final Studio Recordings" 菊地雅章(Red Hook)
菊地雅章が亡くなったのが2015年のことであったが,今,菊地雅章の最後のスタジオ録音が届くとは思いもよらなかった。しかし,これは襟を正して聞き,そして聞いていて背筋が伸びるような演奏であった。
このアルバムをプロデュースしたのは,ECMレーベルにおいて,Manfred Eicherの後継者はこの人ではないかと目されていたSun Chungである。本作は彼が新たに立ち上げたRed Hookレーベルの第1作としてリリースしているので,Sun ChungはECMと袂を分かったということなのかもしれない。それはそれでちょっと惜しいような気もするが,それはさておきである。
本作がレコーディングされたのは2013年12月,既に病魔が菊地雅章を蝕んでいた頃ではないのかと思われるが,そうした健康状態にもかかわらず,絞り出される音楽は深遠な美学に満ちている。晩年の菊地雅章らしいアブストラクトでスローな表現は,現代音楽に通じるものがあるというのはいつもながらの感想にしかならないのだが,これは実に印象深い音楽である。冒頭の1920年代の小唄と言ってもよいような"Ramona"の美しさからして息を呑む。そこから転じて"Summertime"なんて,もはや思索と哲学の世界である。そこから"My Favorite Things"が2テイク,そして即興,最後は"Little Abi"で締めるプログラムは全く弛緩するところがない。全編を通じて,なかなかこんなピアノ・アルバムは聞けないと思えるような作品なのだ。
前述の通り,アブストラクトな感覚が強いので,決して万人にとって聞き易い音楽とは言えない。しかし,命を削って紡ぎだされるフレージングのような感覚すら覚える演奏が並ぶこのアルバムには感動しかない。しかも実に素晴らしい音で捉えられており,こうした音源を菊地雅章が残していたことを我々は喜ぶべきである。東京文化会館でのライブ「黒いオルフェ」も素晴らしかった(記事はこちら)が,私にとってはそれに勝るとも劣らないアルバム。出してくれたことだけでも感謝したくなる。星★★★★★。深い。
Recorded in December 2013
Personnel: 菊地雅章(p)
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コメント
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今になってこの音源が世に出てくるのは私も想像もしていなかっただけに、うれしいです。健康状態が良くない中、休憩も入れつつ、渾身の演奏を聴くことができて、そしてそのすごさが分かる側に加えてもらえて、ゾクゾク来ましたです。当分の間聴き返すアルバムになりそうです。
当方のリンク先は以下の通りです。
https://jazz.txt-nifty.com/kudojazz/2021/03/post-ea7317.html
投稿: 910 | 2021年3月28日 (日) 12時20分
910さん,こんにちは。リンクありがとうございます。
>今になってこの音源が世に出てくるのは私も想像もしていなかっただけに、うれしいです。健康状態が良くない中、休憩も入れつつ、渾身の演奏を聴くことができて、そしてそのすごさが分かる側に加えてもらえて、ゾクゾク来ましたです。当分の間聴き返すアルバムになりそうです。
まさにこうした音源が残っていたことを喜ばないといけませんし,ある意味厳しい音楽ではありつつも,何度でも聞きたくなる音源だと思います。素晴らしい作品を残してくれた菊地雅章に改めて感謝したくなります。
投稿: 中年音楽狂 | 2021年3月28日 (日) 14時13分
閣下、リンクをありがとうございます。m(_ _)m
不勉強で、冒頭の曲、知らなかったです。
でも、彼にかかると透徹で深遠な面影のあるバラッドになっていました。
どの曲も心に響く、、というか、心打たれました。
私もリンクをはらせてください。
https://mysecretroom.cocolog-nifty.com/blog/2021/03/post-bb236b.html
投稿: Suzuck | 2021年3月29日 (月) 08時46分
Suzuckさん,こんばんは。リンクありがとうございます。
>不勉強で、冒頭の曲、知らなかったです。
>でも、彼にかかると透徹で深遠な面影のあるバラッドになっていました。
私も初めて聞いたと思いますが,こんな曲を見つけてくるセンスそのものが凄いと思います。
>どの曲も心に響く、、というか、心打たれました。
まさしく感動作とはこれのことだと思います。実に素晴らしいアルバムでした。本年屈指の作品となることは確実ですね。
投稿: 中年音楽狂 | 2021年3月29日 (月) 18時06分
私のように歳をとってくると、このような音一つ一つが心に響く重さと美しさと深遠さで綴られると、自然に私自身の人生を回顧させるところに追いやられます。
これから希望のアル若い人たちと違った受け取り方とも言えるかも知れませんが、私にとっては素晴らしいアルバムでした。
TBさせてください↓
http://osnogfloyd.cocolog-nifty.com/blog/2021/04/post-9430bb.html
投稿: photofloyd(風呂井戸) | 2021年4月 2日 (金) 21時52分
photofloyd(風呂井戸)さん,こんにちは。リンクありがとうございます。
>私のように歳をとってくると、このような音一つ一つが心に響く重さと美しさと深遠さで綴られると、自然に私自身の人生を回顧させるところに追いやられます。
私も歳なので,おっしゃることはよくわかります。このアルバムの響きはある程度人生を歩んできた人間にはより訴求する部分が多いと思います。私にとっても,これはめったにない感動作でした。かく言う私も人生の後期に入りつつありますが,自分の人生はどう回顧するのだろうかって思いつつ,それほどの人生でもなかったか?なんて自虐的な気分にもなりますね(苦笑)。
投稿: 中年音楽狂 | 2021年4月 3日 (土) 13時48分