East Wind再発盤から:富樫雅彦の音楽は敷居が高いが,印象深い。
"Song for Myself" 富樫雅彦(East Wind)
既に書いた通り,今回のレーベル全作再発に当たって,私は9枚アルバムを購入し,これはその1枚である。私がジャズを聞き始めた頃,富樫雅彦の音楽は非常に高く評価されていたのだが,買って聞いてはみたものの,当時高校生の私は,歴史的な名盤さえ大して聞けていな状態であり,そんな私が聞いても何がいいのかわからないと思うのも,今にしてみれば当然である。
だが,時は流れて,私もいろいろな音楽に触れてきて,今の時代に富樫の70年代の音楽を聞いたらどうなるのかというところに,我ながら関心があった。今にして思えば,富樫の音楽というのはフリー・ジャズ的な要素もあったように思うが,私にとっては「現代音楽」的なアプローチと言ってもよかったのではないかと思う。この作品は今は亡きSwing Journalの1974年のジャズディスク大賞において「日本ジャズ賞」を受賞したものだが,2曲目のフリーなアプローチからはジャズ的な響きも感じられるものの,全体的には私には雅楽にも似た「和」の響きを再現しようとした音楽のように聞こえる。
冒頭の渡辺貞夫との"Haze"からして,響きは雅楽である。私はフルート奏者としての渡辺貞夫ってどうなのよ?と思っているのだが,ここでの演奏を聞いていると,なかなかいけていたのだなぁと思わせるような吹きっぷりである。ナベサダの主楽器であるアルト・サックスでなく,フルートを吹かせたのは,雅楽の響きを再現しようとすれば当然の選択だが,ここまでナベサダが吹けるとは思わなかった。2曲目の佐藤允彦との"Fairy-Tale"はフリーな響きを強め,1曲目とは異なる感覚を与えるが,3曲目のタイトル・トラックでは富樫のソロによる「声明(せいめいではなく,しょうみょう)」のように響き,「和」の雰囲気が濃厚さを増す。最後の菊地雅章とのデュオ,"Song for My Friends"においては,静寂な雰囲気の中にも,濃密な対話が交わされているという感じがして,アルバムの中でも,私はこの演奏が最も好きである。ある意味,武満のピアノ音楽を聞いているような感じもするが,武満の音楽同様,聞いていても苦にならないのがよい。
全体を通してみれば,強い静寂感が支配的であり,そこから浮かび上がる音楽をどう捉えるかによって,この音楽に対する感じ方は違ってくるのではないかと思う。派手派手しさも強烈なノイズもないが,聞いている間,背筋が伸びるような音楽である。ある意味では「能」に通じるのかもしれないなぁなんて,漠然と感じていた私である。こうした音楽を,誰がどういうタイミングで聞くのかという疑問もあるが,私が時として無性に武満徹のピアノ曲を聞きたくなるのと同じように,近い将来,本作をプレイバックをしたくなる瞬間が訪れるような気がする。星★★★★☆。
だが,音楽の性質上,万人にはお薦めできないので,念のため。
Recorded in September & October 1974
Personnel: 富樫雅彦(ds, perc),渡辺貞夫(fl),佐藤允彦(p),菊地雅章(p)
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