話芸について思う
先日,会社のイベントに安田大サーカス,眞鍋かをり,ツートン青木の3組がやってきた。主催者としてはいろいろ考えたのだろうが,私は残念ながら安田大サーカスのすべりぶり(しらけた観衆の雰囲気)あるいは,眞鍋のトークのくだらなさには呆れて物も言えなくなってしまった。逆に誰も期待していないツートン青木が一番受けていたということを,安田大サーカスや眞鍋はどう思うのだろうか(そのときにはもういないから知る由もなかろうが)。
彼らの本質的な問題は,いろいろな意味でのビジュアル面を除けば何の芸もないところにあるということなのだが,本人たちがそのことに気づくより前に聴衆がそれを強く感じてしまったことを彼らはどう思うだろうか。眞鍋に関して言えば,「美人は三日で...」何とやらを10分,15分で証明したようなものである。ブログの世界とトークの世界の落差を私は強く感じたが,いずれにしても私は彼女のトークに一切魅力を感じた瞬間もなかったし,私の同僚の感想も眞鍋に関しては「すごく足が細い」以外になかったのである。
先日,私はこのブログで"That's Entertainment"という映画について述べたが,「芸」に満ちたその映画の世界とこのイベントに見られる日本の芸能社会はあまりに落差が大きく,本当にがっくり来たと言わざるをえない。昨年,同じ会社のイベントで,コージー冨田とインリンさまが大受けしたのともギャップが大きかったが,それは彼らとて大した芸人でないとしても,どんなしょうもない芸でもちゃんと一芸(例:インリンさまのM字開脚や冨田のタモリの真似)を持っていることが大事なことを実証していると感じざるをえない。
結局,今回のイベントはビジュアルだけに頼った芸なきものはすぐに滅びるということを実証しただけだが,それって最近のCG偏重の映画にも当てはまるような気がする。空前絶後の下らなさを誇る"Transformers"なんてのはその最たる事例。あーあ,あほくさ。
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