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2016年おすすめ作

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カテゴリー「クラシック」の記事

2018年6月23日 (土)

数々のピアノ曲とSufjan Stevensのオリジナルにしびれる「君の名前で僕を呼んで」のサントラ。

"Call Me by Your Name:Original Motion Picture Soundtrack" Various Artists (Madison Gate)

_20180623以前映画に関する記事もアップした「君の名前で僕を呼んで」(記事はこちら)のサントラである。そこには私は「本作は音楽が素晴らしく,久しぶりにサントラ盤が欲しくなってしまうものであった」と書いたが,有言実行である。

まず,この映画を見ていて,そう思ったのは,映画で流れるピアノ曲の美しさであった。特に冒頭に流れるJohn Adamsの"Hallelujah Junction"に痺れてしまって,サントラが欲しいと思ったのだが,そのほかにも坂本龍一の曲も非常にいい感じであった。だが,この本当にこのサントラを欲しいと思わせたのは,Sufjan Stevensがこの映画のために書き下ろした曲の素晴らしさであったと言っても過言ではない。この映画のためにSufjan Stevensが書いたのは"Mystery of Love"と"Visions of Gideon"の2曲だが,これが本当にいい曲なのだ。更に旧作"The Age of Adz"に収録されていた"Futile Devices"のリミックス・ヴァージョンであるが,こんなにいい曲だったか?と思わせるに十分である。

それ以外は映画の時代背景を反映したディスコ調の曲であるが,それらはさておき,私にとってはピアノ曲とSufjan Stevensがあればこのアルバムは成立である。映画と音楽が一体化した優れた事例である。とにかくここでのSufjan Stevensのオリジナルを聞いて頂ければ,わかってもらえると思う。星★★★★☆。せっかくなので,Sufjan Stevensによる書下ろし2曲を貼り付けておこう。 

2018年5月 1日 (火)

休日に聞くLeonhardtのモーツァルト。

"Piano Sonatas" Gusutav Leonhardt (Seon)

Leonhardt_2世の中,ゴールデン・ウィークで休みなのは私も同様である。そうしたところで,気まぐれに取り出してきたSeonの85枚ボックスから,今日はLeonhartdのモーツァルトを聞いた。Leonhardtと言えば,どうしてもバッハのイメージが強いが,ここではフォルテピアノでモーツァルトのピアノ・ソナタ等を弾いている。

まぁ,一般的な耳からすれば,これはあくまでも古楽の文脈におけるモーツァルトだが,フォルテピアノによるモーツァルトもなかなか味わい深い。だが,正直言ってしまうと,モーツァルトのピアノ・ソナタを聞こうと思って,このアルバムを取り出すことはまぁないなと思ってしまう。Seonのボックスに入っているからこそ聞いているものの,それ以上のものではないというのが正直なところ。但し,小音量でカフェで流れていれば,その店は間違いなく趣味がいいと評価するだろうな。

上の写真はオリジナル・ジャケットのものだが,これを見て買う気になる人がいるかというと,う~む...って感じだが,まぁそういうものだったってことで。たまに聞くにはいいけどね。

Recorded in May 1971 and January 1972

Personnel: Gustav Leonhardt(fortepiano)

2018年3月17日 (土)

ついに到着。Brad Mehldauの"After Bach"

"After Bach" Brad Mehldau(Nonesuch)

_201803163/9に発売されながら,我が家に到着するまでリリース後1週間近く経過し,大いに苛つかされたが,ようやく到着である。このアルバムはバッハの「平均律」とMehldauのオリジナルを混在させるという,極めてチャレンジングな作品と言ってもよいが,もとは2015年にカーネギー・ホール等からの委嘱によって作曲された"Three Pieces after Bach"に基づくものである。しかし,ここに収録されたのは「平均律」からが5曲,Mehldauのオリジナルが7曲であるから,オリジナルのコンポジションからは拡大されたと考える必要があるかもしれない。

正直言って,私はこのアルバムの企画を知った時,かなり不安だった。私がいくらBrad Mehldauの追っかけだからと言って,別に彼の弾く「平均律」にそれほど関心を抱くことはできないのだ。それこそ「平均律」を聞くならSchiffでもRichterでもよいと思っていた。だが,このアルバムを聞いて,そうした不安は簡単に消え去ってしまった。

Brad Mehldauのオリジナルは,バッハにインスパイアされたものだという前提だが,私にはバッハが今の時代に生きていたらという仮定で,Brad Mehldauは作曲したのではないかと思える。だから敢えて,「平均律」とオリジナルを対比的に置くことによって,その曲の個性の違いを浮き立たせることに意義があったのではないか。すなわち,明確な意図があって,こういう並びにしていると考えざるを得ないのである。Mehldauのオリジナルも確かにバッハ的に響く瞬間もあるのだが,やはりBrad Mehldauのオリジナルは彼らしいオリジナルだと言ってよい。どの程度が記譜され,どの程度がインプロヴィゼーションなのかわかりかねる部分もあるが,ここで聞かれるピアノ曲はやはりBrad Mehldauにしか弾くことはできないであろうと思わせるに十分である。

そして,最後に据えられた"Prayer for Healing"。この曲にだけバッハの名前がついていない。これは11曲目までの組曲的な演奏を終え,そのテンションから解放されたBrad Mehldauの精神が反映されていると言っては大げさか?アルバムのエンディングを静かに飾る曲として,これほどふさわしい曲はないだろう。

ということで,これは正直言って相当の問題作と言ってもよいが,Brad Mehldauは軽々と越境を成し遂げたというところだろう。やはりこの人,凄い人である。そのチャレンジ精神にも敬意を示すために,星★★★★★としてしまおう。

甚だ余談であるが,このアルバム・カヴァーを見ていると,Hitchcockの「めまい」を思い出してしまった私であった。

Recorded on April 18-20, 2017

Personnel: Brad Mehldau(p)

2018年2月13日 (火)

久しぶりにショップに行って仕入れた一枚:Peter Serkin

"Works by Igor Stravinsky, Stefan Wolpe, Peter Lieberson" Peter Serkin (New World)

Serkin昨今は,CDの購入もほとんどネットで行うようになり,そもそも中古盤を漁りに行くことも,Apple Musicで聞けばいいやと思うようになると,ほとんどなくなってしまっている私である。しかし,先日,横浜に行くことがあって,ちょいと用事の帰り道にショップに立ち寄ってみた。新譜にはあまり魅力的なものもなく,中古盤も5枚買えば1枚あたり200円オフと聞けば,以前の私なら絶対そのディスカウントのために意地でも5枚以上買っていただろうが,全然購買意欲がわかない。これは気になる中古盤があまりなかった(それでもMitchell FormanとかMetroとかは結構迷った)ということもあるが,私の生活/行動パターンが変わったからだと思わざるをえない。

そんな中,拾ってきたのがこの作品である。私はPeter Serkinの弾く現代音楽のアルバムを長年愛聴しているが,このアルバムは保有していなかったので,ちょっと高めではあったが購入したものである。SerkinはLiebersonの作品は結構吹き込んでいるが,Stravinskyは記憶にない。Wolpeはドイツの作曲家らしく,オペラも書いているそうだ。ナチスの迫害を逃れて,ドイツから脱出した人のようであるが,私にとっては初めての作曲家である。

この3人の作曲家の曲を並べてみると,Stravinskyは現代音楽的な響きというよりも,はるかにクラシカルに真っ当な音楽に聞こえる。逆に言えば,現代音楽的なプログラムとして据えるにはやや無理があるチョイスと言えるかもしれない。私はSerkinの古典音楽演奏も好きだが,どちらかを取れと言われれば,現代音楽を取るだろう。よって,私にとってはもう少しエッジが立った感じで統一してくれた方が好みである。また,Stravinskyの曲が,やや残響過剰に思えてしまうことも,Peter Serkinのピアノ・タッチと合わないような感覚もあった。録音全体に言えるが,もう少しクリアな音で録って欲しかったって気がする。

しかし,やはりこういう曲を弾かせると,Peter Serkinのピアノは非常に私への訴求力は高い。演奏自体は悪くないと思えるので,やっぱり私はこういうのが好きなのねぇってことで,星★★★★。

それにしても,これと一緒に買ったのがNeil Youngの新譜の"The Visitor"ってところには,CDを買う枚数は減っても,私の変態度は変わらんということを示しているなぁ(爆)。

Recorded in December 1985

Personnel: Peter Serkin(p)

2018年2月 8日 (木)

久々に聞いたGöran Söllscherが弾くBeatles曲集

"Here, There and Everywhere: Göran Söllscher Plays the Beatles"(Deutsche Grammophon)

Sollscher私はGöran Söllscherが弾くバッハの曲集を昔から愛聴しているのだが,そのGöran Söllscher が突然Beatles曲集を出すというのを知った時には驚いたものである。だが,Beatlesの曲の普遍性は,クラシック・ギター1本で演奏しても十分に表現可能であることは,ここでも明らかになっている。

ここでは,Göran Söllscher本人が6曲編曲するほか,武満徹が4曲,竹内永和が1曲,そしてBörje Sandquistが6曲のアレンジを施しているが,どれも楽しめる。その一方で,贔屓目もあるかもしれないが,武満徹がBeatlesの音楽の魅力を最もストレートに伝えているように思える。逆に言えば,Börje Sandquistの"Yellow Submarine"のような曲は,面白いのは事実なのだが,やや策に溺れた感がないわけでもない。

だが,しっかりと鑑賞するもよし,BGMとして流すもよしという点では,これはいいアルバムだと思うし,BGMとして流れていたとしても,ついつい耳をそばだててしまうだろうなぁと思える作品である。星★★★★。

尚,Göran Söllscherは4曲で11弦ギターを弾いているが,武満が編曲の4曲を含めたほかの曲については通常の6弦ギターなので,老後の楽しみに,私のクラシック・ギターでも演奏に取り組んでみようかなぁとさえ思わせてくれる。まぁ,いつになるかはわからんが(苦笑)。

Recorded in November 1994

Personnel: Göran Söllscher(g)

2017年12月29日 (金)

2017年の回顧:音楽編(その1)-ジャズ以外

今年も大詰めが近づき,いよいよ今年の回顧も音楽に突入である。まずはジャズ以外の音楽について取り上げよう。私が高く評価したアルバム(★★★★☆以上)については,2017年のおすすめ作としてブログの右側に掲示しているので,大体予想がついてしまうという話もあるが,まぁそれはさておきである。

Vkingur_lafsson私が今年ジャズ以外の音楽で聴いて,最も感銘を受けたのはVíkingur ÓlafssonのPhilip Glassのピアノ作品集であることは疑いのない事実である。この清冽な響きには正直ノックアウトされてしまった。私は今年は現代音楽のピアノを結構聞いたと思うが,ほとんどはECMレーベルの作品であり,それはピアノの響きと演奏が一体化していて心地よいということがあるのだが,このVíkingur ÓlafssonはDeutsche Gramophoneからの作品であり,ECMでないということが重要なのだ。これはまじで最も感動した作品の一枚であった。

Graceそしてそれと双璧なのがLizz Wrightの"Grace"である。本作はジャズのカテゴリーに入れてもいいと思ったが,本質的にこれはルーツ・ミュージック,あるいはソウルの世界である。よって,ここに取り上げることにするが,記事を書いた時の「Cassandra Wilsonを越えた」という表現に私には揺らぎはない。Lizz Wrightはこれまでも優れた作品をリリースしてきたが,これこそこれまでの彼女にとっての最高傑作と言ってもよい出来である。傑作という表現以外思いつかないぐらいの超絶作品。素晴らしい。

Moonchild心地よさという点ではMoonchildの"Voyager"が最高であった。メロウ・グルーブっていうのはこういうのを言うのだと思わせるに十分なアルバム。音楽に何を求めるかっていうのはいろいろあるところではあるが,心地よさ,身体が揺れるという感覚を感じさせてくれるに十分なアルバムであった。彼らのライブを見逃したのは痛かったが,こうした演奏に触れる機会を与えて頂いたブログのお知り合い,kenさんには大いに感謝したい。本当に気持ちいいアルバムである。

Southern_blood_2こうした作品に加えて,今年涙なくして聞けなかった作品というのが一枚ある。それがGregg Allmanの遺作,"Southern Blood"である。作品としての質がどうこうということではなく,私は本作に純粋に感動してしまったのである。加齢により涙もろくなっているということも影響しているが,本作は死期を悟ったミュージシャンのまさに"Swan Song"である。ある程度年齢を重ねたリスナーにとっては,これはツボに入ってしまうこと確実な音楽と言える。私は決してAllman Brothers Bandに思い入れのある人間ではないにもかかわらずの感動なのだ。これは本物だと思っている私である。

そのほかにもいろいろ面白いアルバムはあったが,いずれにしても,先日発表された「ミュージック・マガジン」のベスト10とは見事なほどに全く無縁のセレクションになってしまったなぁ。まぁ,自分の嗜好で音楽を聞いているので,違うのは当たり前だが。いずれにしても,来年も自分の好みに忠実に過ごしていければと思っている。プロじゃないからね(笑)。だが,上に挙げた4枚はどれを聞いてもはずれはないと言っておこう。

ここに挙げていないアルバムにもいいものはあった。Joe Henry,Tangerine Dream,Rose Cousins等は無視するには惜しかったのだが,自分の中での感覚を重視したらこういうチョイスになったということである。おっと,忘れてはいけないが,今年入手して嬉しかったものはGeorge Harrisonの"All Things Must Pass"のアナログ再発盤とKraftwerkの3-D Box。我ながらオタクである(爆)。

2017年8月 3日 (木)

Peter Serkin@すみだトリフォニーホール

Peter_serkin

クラシックのコンサートに行くのは3年以上前にKrystian Zimermanを聞いて以来のことである。その前はKyung-Wha Chungで,更にその前はRadu Lupuだった。滅多にクラシックのコンサートに足を運ばない私が,珍しくも行きたいと思ったのが今回のPeter Serkinである。

私は彼の弾く現代音楽のアルバムが非常に好きで,結構な頻度でプレイバックしているが,その一方で,彼の弾くバッハも評価している。思い起こせば,今回のリサイタルにおけるメイン・プログラムである「ゴルトベルク変奏曲」の私が長年聞いてきた演奏が吹き込まれたのはもう20年以上前のことである。時の流れは早いとつくづく感じるが,聞けばPeter Serkinも既に70歳。その方が正直言って驚きだった私である。

世の中に「ゴルトベルク変奏曲」が嫌いだなんてリスナーがいるのかと思えるほど,この曲は素晴らしいと私は思っている。しかし,一般的な印象はGlenn Gouldの演奏が強烈過ぎるわけだが,ピアノ演奏においては,Gould以外では私はAndrás Schiff盤とこのPeter Serkin盤が好きなのだ。だから,今回,Serkinがこの曲をリサイタルで演奏すると知った時には,勢い込んでチケットをゲットしたのであった。

そして,今回のプログラムは次の3曲。

モーツァルト/アダージョ K.540
モーツァルト/ピアノ・ソナタ第17(16)番 変ロ長調 K.570
J.S.バッハ/ゴルトベルク変奏曲 BWV988

第一部はモーツァルトだった訳だが,冒頭から何とも深い音楽を聞かせてもらった気分である。K.540とK.570を連続して演奏し,曲間の拍手もなしという緊張感溢れる展開だったが,そこで聞かせたSerkinのピアノの何とも素晴らしかったことよ。私には深遠という表現しか思い浮かばなかった。こうなると当然,メインの「ゴルトベルク変奏曲」への期待は高まろうというものであった。

そして,休憩後の「ゴルトベルク変奏曲」である。Serkinは冒頭のアリアから繰り返しを行ったが,演奏はかなり自由度が高いというか,繰り返しが行われたのは一部の変奏に留まり,どういう理由でそうなるのか考えていた私である。そして,演奏そのものも,同じ変奏の中でもテンポが変わる場面もあるとともに,右手と左手の動きも微妙なずれを感じさせるような,かなり面白いものであり,実はSerkinの「ゴルトベルク変奏曲」はこんな感じだったっけ?と思っていたのである。ある意味,非常にユニークな響きだったとも言えるが,私個人としては違和感がなかったわけではない。

だが,Serkinはインタビューに答えてこう言っている。『《ゴルトベルク変奏曲》はあまたの可能性を秘めています。思い返せば、私はこの作品を1度たりとも、以前と同じように演奏したことはありません。ただし、その都度あらかじめ「こう弾こう」とすべてを決めて舞台に立つわけではなく、だからと言って、一時の気分に振り回されて恣意的にさまざまな奏法を「でっちあげ」ているわけでもありません。それはまるで即興のように、その場の自発性に委ねることを意味します。』

自発性に委ねる。まさしくそういう感じの演奏だったと言ってもよい。94年録音の演奏は比較的コンベンショナルな響きがあったが,今回の演奏はそれと違って当然ということなのであり,それがPeter Serkinのこの曲のプレイ・スタイルなのだということを後になって知って納得した私である。そういう意味で,今回のリサイタルも一期一会と言うべきものであり,私が感じた違和感も,一回性ということを考えれば,それはそれでありなのだと思える。

そんな演奏をしてしまえば,アンコールに応えることはおそらく不可能ということだったであろうし,ゴルトベルク変奏曲の演奏終了後,暫くの間,静止していたPeter Serkinの姿もさもありなんってところであろう。でも,私は前半のモーツァルトにより感動したが...(苦笑)。八ヶ岳でも聞いてみたかったなぁなんて,今頃思っている私。尚,上の写真はすみだトリフォニーホールのサイトから拝借したもの。

Live at すみだトリフォニーホール on August 1, 2017

Personnel: Peter Serkin(p)

2017年2月13日 (月)

ユニークな作りの児玉桃によるECM第2作

"Point and Line" 児玉桃(ECM New Series)

_20170212_3_2日本のピアニスト,児玉桃がECMからアルバム"La Vallée Des Cloches"をリリースした時には,その年のベスト盤の1枚に選出するほど,優れたアルバムだと思った(記事はこちら)。そのレパートリーが非常に私の好みだと思ったが,ピアノの響きに身を委ねたいと思ったことは今でも記憶に新しい。

その児玉桃がECMから第2作となるアルバムをリリースすると知った以上,これは買わないわけにはいかないし,聞かないわけにもいかない(きっぱり)。ということで,デリバリーされたものを早速聞いたのだが,これが非常にユニークな作りではあるが,前作同様に優れたピアノ作品になっていて,嬉しくなってしまった。

今回の作品の特徴はドビュッシーと日本の現代音楽作曲家,細川俊夫の"Etude"が交互に出てくるというのが,まずユニークなところである。まぁ,これがバッハと細川俊夫が交互に出てくれば,私も頭を抱えたかもしれないが,近代作曲家と言ってよいドビュッシーと,細川俊夫ならば,それほど違和感はない。むしろ,ここで想定されているのは,二人の作曲家の作品を並列させながら,それを一つの組曲のように成立させようという試みのように思える。

ライナーに児玉桃も書いているように,ドビュッシーの「エチュード」はその番号にかかわらず,単体でも,組み合わせで弾いてもいいという自由度の高いものであり,このアルバムでもそうした考え方に基づいて配置されている。それらに挟み込まれるのが細川俊夫の「エチュード」ということになる。作曲されたタイミングにはほぼ100年近い違いがある二人の作曲家の作品を相互に連動させて,一枚のアルバムを構成させるというのが本作の狙いとすることは,児玉桃とECMの総帥,Manfred Eicherの合意のもとに行われており,それがいかにもECMらしいと思わせるところであり,そして見事な成果になっていると思う。

私が現代音楽のピアノ作品が好きだということもあるが,今回のこの作品もドビュッシーのエチュードという,ドビュッシー最晩年の作品と,児玉桃自身が初演者となっている曲を含む,細川俊夫作品の意表を突いた組み合わせによって生み出される美しい響きに改めて身を委ねたくなった私である。これはもはや私のツボにはまった音楽である。星★★★★★。

Recorded in January 2016

Personnel:児玉桃(p)

2017年1月22日 (日)

Polliniの新譜を買ったのはいつ以来か?

"Chopin: Late Works" Marizio Pollini (Deutsche Grammophon)

_20170121久しぶりのクラシック・ネタである。私がMaurizio Polliniの新譜を最後に買ったのは「平均律」のはずなので,Polliniの新譜を買うのは7~8年ぶりってことになる。その間にもPolliniは新譜を出していて,ショパンに関しても「24の前奏曲集」があったし,そのほかにもいろいろ出ていたはずだが,昔の私なら,間違いなく買っていたであろうそうしたディスクを購入しなくなってしまった。まぁ,Polliniも巨匠なので,もちろん私を失望させるような演奏はしないだろうが,今やPolliniも75歳となり,昔感じれられたような一種のシャープさとは異なる感覚になってくるのは当然のことと思う。そもそもクラシックに限らず,CDの購入枚数が激減している状況であるし,このアルバムとてApple Musicで聞けてしまうのだから,何もCDで買う必要はなかったが,ついついポチってしまった(苦笑)。

そして,ようやくデリバリーされたCDを聞いてみると,非常に残響の効いた録音のように聞こえる。ミュンヘンのヘラクレスザールにおける録音で,スタジオ録音というよりも,コンサート・ホールで聞いているような気分になってしまう。長年,Polliniはヘラクレスザールでの録音を行っているから,録音環境ではなく,成熟度が増したと考えるのがいいのだろうが,いずれにしても非常に美しい演奏であることは間違いない。とにかく,ここには聞いていて,何じゃこれは思わせる要素は何もない。もちろん,それはいいことなわけだが,極めて真っ当な解釈及び演奏は,今までの名ピアニストの演奏でも聞いていてもいいのではないかと思えるのも事実であり,敢えて今,Polliniの演奏でこれらを聞かなくても,Samson Françoisで聞いていてもいいような気がしてしまうのが,私の方の変化ってことなのかもしれない。

逆にこれを聞いて,改めてSamson Françoisのショパン・レコーディングを聞き直したくなったってのが私の天邪鬼なところである。Polliniの演奏は本当に王道というか,こう弾きましょうって感じの演奏とも言えそうな演奏である。星★★★★。

Recorded in 2015 & 2016

Personnel: Marizio Pollini(p)

2016年11月22日 (火)

音楽シーズン到来!って感じで,続々とセット物が届く(うれしい悲鳴)。

A_multitude_of_angels秋が深まると,音楽シーズンだよねぇって思ってしまう。続々と届く新譜は,セット物が多く,全部聞き通すのにはそれなりの時間と体力が必要である。だが,これだけ期待させてくれるものであれば,大歓迎である。

手許に届いていて,まだ全部聞けていないものとして,Keith Jarrettの"A Multitude of Angels"(4枚組),Otis Reddingの"Live at the Whisky a Go Go: The Complete Recordings"(3枚組),そしてKyung Wha Chungによるバッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」(2枚組)ってな具合である。この後にはAndras Schiffのベートーヴェンのピアノ・ソナタ集成ボックス(11枚組)ってのも控えている。Schiffのボックスはこれまで単体で出ていたものをボックス化するものだが,これまでは値段がネックになって買っていなかったもの。ようやくボックス化,廉価化で,聞けるようになるのは大変ありがたいし,デリバリーが待ち遠しい。

デリバリー済みのものについては,全部聞いてから改めて記事にしようと思うが,Keithの4枚組は病に倒れる前の4か所でのソロ・ライブで,現在のスタイルとは異なり,長大なソロ演奏を2曲(+アンコール)演奏するという当時としてはお馴染みのスタイルであるが,まだ半分しか聞いていないが,これが凄い。ECMの総帥,Manfred EicherがこのボックスにECM2500/03というきり番をつけたことには間違いなく意味があると思える作品である。そして,Otis ReddingもKyung Wha Chungも強烈な出来である。年の瀬が近づき,今年のベスト盤を考えなければならない時期に来て,これらの作品は,私に大きなインパクトを与えていると言わざるを得ない。

やっぱり秋は音楽シーズンなのである。全部聞くのが楽しみである。たまりませんなぁ(笑)。

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