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2016年おすすめ作

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カテゴリー「書籍・雑誌」の記事

2018年12月 8日 (土)

随分と印象が変わってきた平野啓一郎:「ある男」

「ある男」 平野啓一郎(文藝春秋)

Photo平野啓一郎が「日蝕」でデビューした時,なんと敷居の高い小説だろうと思ったのも随分前のことだが,その後,「決壊」のようなキリキリするような話を書いたかと思えば,「マチネの終わりに」のような恋愛小説を手掛けて,私の中で,この人の印象は随分と変わってきた。その平野啓一郎が「マチネの終わりに」に次いで発表した小説を先日読み終えた。

一言で言えば,随分この人の書く小説はわかりやすくなったと思う。そして,この本,非常に面白く読める。「愛したはずの夫は、まったくの別人であった。」というキャッチコピー通りの展開なのだが,そこに挿入される主人公である弁護士,城戸の夫婦間のやり取りや,その他の登場人物の造形が一つ一つ考えさせられるところがある。やや,ストーリーの展開に,そんなことあるか?と思わせる部分もあるが,そこは話の面白さに目をつぶることとしよう。

ネット上では,主人公の城戸が,在日三世から帰化をしたというプロファイルに文句をつけているネトウヨみたいな連中もいるが,そうした設定がなければ,ヘイト・スピーチに関するくだりも全く意味をなさなくなる。そもそも作家が自身の思想や考え方を小説に投影して何の問題があるのかと思ってしまうが,そうした社会の不寛容さが,この小説を執筆する際のボトムラインにあったのではないかと思ってしまう。

いずれにしても,ストーリーの展開についついページをめくらされ,そして,読後感はある種の清涼感を覚えさせるのは「マチネの終わりに」同様である。感情移入の点では,私にとっては「マチネの終わりに」の方が好きだが,この小説もよくできていると思わせてくれて,満足感のあるものであった。星★★★★☆。結局,この人の小説は,私にフィットするってことかもしれないなぁ。

2018年11月 1日 (木)

「ガリレオ」シリーズ久々の新作:相変わらず面白いねぇ。

「沈黙のパレード」 東野圭吾(文藝春秋)

Photo_2「ガリレオ」シリーズの長編としては「真夏の方程式以来なので,7年ぶりぐらいってことになるはずである。私はなんだかんだ言って,このシリーズと加賀恭一郎シリーズはついつい買ってしまうが,今回も面白く読ませてもらった。

昨今の東野圭吾の小説は映像化が前提みたいになっているのではないかと思える部分もあるが,本作なども,映像化にはぴったりのネタが揃っているし,かつ映像化された時のキャスティングはどうなるのかなんてついつい考えてしまう。本作最大の悪役は誰が演じるのかが興味の焦点と言っては言い過ぎか(苦笑)。

いずれにしても,理系出身者らしい東野らしいトリックだよなぁなんて思うのは毎度のことだが,やや登場人物が多くて戸惑う部分もある。しかし,加賀恭一郎シリーズ同様,東野圭吾のストーリーにはそこはかとなく「人情」が通奏低音のように流れているところが人気の所以かもしれない。まぁ,もう少し「ピカレスク」な部分があってもいいように思うが,そういう時代ではないのかもしれない。

私としては「真夏の方程式」よりは面白かったって感じだな。ってことで,星★★★★。

2018年8月14日 (火)

出張の道すがら読んでいた「パット・メセニーを聴け!」

「パット・メセニーを聴け!」 堀埜 浩二(ブリコルール・パブリッシング)

Photo先日のバングラデシュの出張時に気楽に読める本を持って行こうと思って,出張前に買った本である。「~を聴け!」ってのは,亡くなった中山康樹の専売特許かと思っていたら,新たな人が出てきているってことだな。

まぁ,私も長年のPat Methenyのファンな訳で,この本に取り上げられている音源のかなりのものは保有している。そうした中で,やはりどうしても好みというのは出てくる訳であるし,何でもかんでもPat Methenyであればよいと言うつもりも毛頭ない。

それに対して,この人の論調は,あまねくPat Methenyの音楽,ディスクは優れていたり,聞きどころがあるという感じで,ほんまか?と言いたくなってしまう。まぁ,本人も「ありえたかもしれない,ライナーノーツの一気読み」なんて書いているが,ライナー・ノーツそのものにはそれこそあまり批評性はなく,美点を見出だすことに主眼が置かれることを考えれば,この本の論調自体にも問題はないのかもしれない。

しかし,やたらめったら名作,傑作,必聴とか言われると,私としては冷める。例えば,私はMetheny/Mehldauは,Brad Mehldauが遠慮し過ぎていて,あまり評価していないのだが,そういうところには目が全く向いていないところに限界を感じるし,"Zero Tolerance for Silence"や"Sign of 4"すら,著者にとっては興奮の材料なのかと思うと,へぇ~とならざるをえない。明らかに著者が評価していないのがTony Williamsの"Wilderness"ぐらいではないかとさえ思えてしまうのが,私にはさすがに行き過ぎではないかと思えるのだ。

大変な労作だとは思うが,中山康樹が持っていた批評性とユーモアがここには感じられないのが残念。そもそも老眼が厳しくなる私のような年寄りに,このフォントの小ささは苦痛でしかないということははっきり言っておこう。

そうした中で,明らかな校正もれがあるのは,書籍としては決定的な難点。だって,冒頭から早速誤植だもんねぇ。まぁ,あまりにマニアック過ぎて,校正者としてはついていけなかったのかもしれないが...(苦笑)。星★★★。

2018年5月31日 (木)

原尞の14年ぶりの新作なのだが...。

「それまでの明日」 原尞(早川書房)

Photo主題の通り,原尞による14年ぶりの新作小説である。探偵沢崎の復活は,嬉しい限りではあるのだが,正直ってこの話はどうも面白みに欠ける。前半こそ,おぉっ,ハードボイルドだねぇと思わせるのだが,段々話がだらけてくる。最後は人情小説みたいになってしまい,何じゃそれはということで,ページのめくりがどんどん遅くなっていった私である。

沢崎が時代錯誤のようなヘビー・スモーカーってのも気になるが,馴染みのキャラも出てくることの無理やり感が強く感じられるのも難点。これはちょっと厳しいし,がっくりきたというのが実感。前半に免じて星★★とするが,次作が出ても買うのを躊躇するかもしれないって感じなのだ。

原尞が次なる作品を世に問うのか,これを以て引退とするのか微妙なところではないかって感じること自体が,長年の読者としては残念。そんな作品である。

2018年1月 9日 (火)

正月休みに読んだ「屍人荘の殺人」だが...。

Photo「屍人荘の殺人」 今村昌弘(東京創元社)

正月休みを使って読んだのが,「このミス」ほかで絶賛されているこの本。気楽に読める本と思って年末に買ったものだが,う~む...。

本格ミステリーとしては論理の組み立てに矛盾はないので,そうした点に注目しながら読んでみると面白いのかもしれないが,この設定はさすがに...って感じであった(ネタバレになるので,詳しく書けない)。ある意味,この設定はギミックそのものであり,次作は一体どうするのよ?と言いたくなるストーリーである。まぁ,そこそこ面白くは読ませてもらったが,この訳のわからない設定を用いなければ,業界ランキングで評価されないのだとすれば,それは実は不幸なことではないかと思わされた一冊。全面否定はしないが,さすがにこれは無理があった。星★★★で十分だろう。

この手のランキングに頼るよりも,自分の審美眼を信じて本は買った方がいいねという事例。特に私の場合は「このミス」とは相性悪いねぇ(苦笑)。

2017年3月25日 (土)

ようやく読了:「騎士団長殺し」

Photo

「騎士団長殺し」 村上春樹(新潮社)

長年,村上春樹の本に接している人間としては,昨今のノーベル賞騒ぎや,発売日のカウントダウンなど,「おい,おい」と言いたくなるのも事実であるが,そうしたムーブメントを起こす作家がいるかと言えば,多分そんなこともないのだろう。いずれにしても,私はそうした「騒ぎ」に対しては斜に構えて見ているわけだが,いずれにしても,村上春樹が長編を発行するとなれば,「1Q84」以来なのだから,やっぱり期待はしてしまうのが,長年のファンってものだろう。一方で,これだけファンも多い人だけに,アンチも多数存在するのも世の常ってことで,世間にも賛否両論であることは間違いない事実である。

私は現在の家に引っ越してから,通勤環境が変わったので,読書に割ける時間は,以前に比べれば大幅に短くなっているから,読書量も昔に比べると激減しているため,今回の新作も結局1カ月近く要してしまった。それでも,暇を見つけては読ませるだけの面白みは感じさせるものだったと思う。

相変わらず,なんのこっちゃ的なシュールなストーリーとも言えるが,今回のテーマは副題にも見られる通り,「イデア」と「メタファー」なのだろうと思う。村上春樹の小説は,エンタテインメント的に読ませる力を持ちつつ,解釈を読み手の各々に委ねる部分が特徴的だと私は感じているのだが,今回特に私は,これって何の「メタファー」なのよ?と思いつつ読んでいたというのが正直なところだった。この何が現実で,何が現実でないかがわからない世界っていうのは,村上春樹に特徴的なスタイルだと思うが,「メタファー」については,やはり個々人の解釈によって大きく異なると思うし,現実と現実ならざるものの境界線も人それぞれってことになるわけだ。それはおそらく登場人物にも当てはまる。

いずれにしても,私には書評としてこの記事をアップすることはできないが,このある意味訳の分からない世界は,村上春樹の真骨頂って気もする。登場人物の造形も非常に面白かった。「白いスバルフォレスターの男」っていう表現からして,普通の人では絶対思い浮かばないものだろう。

毎度のごとく,音楽ネタも豊富だが,私が大いに笑ったのが,主人公の友人,雨田政彦のカーステレオのカセットに入っているAOR群だったかもしれない。懐かしい名前の総動員みたいな感じであった。

ということで,私にとっての村上春樹の最高傑作ではないとしても,大いに楽しませてもらった。星★★★★☆。

2017年3月14日 (火)

出張の友は「騎士団長殺し」と現代音楽(笑)。

昨今の仕事柄,これまで多かった地方出張を抑制している私である。地方出張が全然ないわけではないのだが,今年に入って,飛行機で行くような場所にはほとんど行っておらず,もっぱら新幹線で出張できる範囲にぼちぼち行っているような感じである。

そんな中,久しぶりに連続の出張に出ている私だが,こういう時は,旅の友が必要ということで,村上春樹の新刊「騎士団長殺し」の第2部「遷ろうメタファー編」と,iPhoneに突っ込んだPeter Serkinを中心とするピアノによる現代音楽が今回の私の旅の慰みということになる。

本はさておき,音楽については,ジャズでもロックでもいいのだが,最近,私は好んで現代音楽のピアノを聞くようになっている。先日もとち狂って,John Cageの作品をまとめ買いしているのだが,それもほとんどがピアノである。最近買ったCageの作品も,今回iPhoneに入れたので,旅の道すがらで聞くことにしようと思うが,最近,私は現代音楽の持つ「間」がフィットしているのである。もちろん,iPhoneにはほかにもいろいろな音楽が入っているので,そればかりということにはならないだろうが,集中的にそんな音楽に身を委ねることも必要と感じる今日この頃。

新しく仕入れた音楽及び「騎士団長殺し」については改めて記事をアップすることにしたい。

2016年7月29日 (金)

久しぶりに本の話:「マチネの終わりに」

「マチネの終わりに」 平野啓一郎(毎日新聞出版)

Photoこのブログに本の話を書くのはほぼ一年ぶりのことである。通勤環境が変わってからというものの,私の読書量は激減してしまったわけだが,小説は買っていないわけではないとしても,なかなか集中して読む時間がないというのが正直なところである。

そんな私が出張の道すがらに読むために手に取ったのが,この平野啓一郎の新作である。彼の小説を読むのは「決壊」以来だと思うが,これは全然「決壊」と異なる大人の恋愛小説である。主人公二人の恋愛模様はよく書けているし,非常に感情移入のしやすい小説である。しかし,彼らが破局するシチュエーションはなんだかTVドラマを見ているみたいだなぁと思って,若干疑問に感じたものの,その後の展開で持ち直し,途中で投げ出さなくてよかったと思ってしまった。

いずれにしても,この小説のラストは非常に爽やかな読後感を与えるものであり,大げさに言えば,恋愛→破局→再生という道筋を描いている。私がこの小説に猛烈に感情移入してしまうのは,自分の過去の恋愛体験をこの小説に投影してしまうからかもしれない。事情は全然違うが,私も同じような経験をしたことがあるということが,フィクションと思えなくなってしまった原因だと思う。

そのため,読んでいる途中で,あの時自分はどう思っていたのだろうか?あるいは当時のガールフレンドはどういう風に感じていたのだろうか?という思いが何度も去来したということは告白しておかねばならない。私が過去の経験をいまだに引きずっているのは事実であり,それは一生消えることはないが,そうした感情を改めて呼び覚まされてしまったと言うべき作品である。そんな思いを抱えながら読んでいた作品ではあるが,上述の通り,この作品のラストにはほっとさせられる。自分だったらどうなってしまうかと,またも自身に再投影してしまうのだが,ここでは爽やかな余韻を楽しみながら,本を閉じることができたと思う。ストーリーに若干の瑕疵はあろうとも,この作品,私は好きである。

ということで,ついつい点も甘くなり,星★★★★★を謹呈してしまおう。

我ながら何だか赤面ものの記事を書いてしまったが,私をそうした行動に至らしめたのはまぎれもなく本作である。この記事を読んで,私の知人たちは「人は見かけによらない」と改めて思うかもしれないなぁ(苦笑)。

2015年8月 2日 (日)

「教団X」とは全く毛色が違う中村文則の警察小説

Photo「あなたが消えた夜に」 中村文則(毎日新聞出版)

このブログに本のことを書くことも非常に少なくなってしまったのは,通勤時間に本を読めなくなったことが大きく影響していることは前にも書いた通りであるが,前回,このブログに取り上げたのは同じ中村文則の「教団X」であった。あのような強烈な本が,今かなり売れているということには非常に驚いているわけだが,今回は毎日新聞の夕刊に連載されていた警察小説で,随分前作とは毛色が違う。

この本は,警察小説という体裁を取っていても,エンタテインメントと呼ぶにはやや難しいところがある。小説は三部構成になっているが,第三部になって,非常に重々しくなってしまうところは,純文学的な部分と言ってもよいかもしれないが,それをよしとするか否かによって,大分感触が違うはずである。とにかく,これは重苦しい。ある意味「陰気」,「沈鬱」,あるいは「辛気臭い」と言ってもいいぐらいの感覚を与える。だが,人間の「性(さが)」というものを踏まえて書かれていて,いい加減さは全くないのだが,それにしても重苦しいのである。

そういうことを踏まえれば,警察小説にエンタテインメント性を求める読者にはなんじゃこれはと思われても仕方がないが,これは純文学的な人が,題材を警察に取ればこういうかたちはあっても不思議ではない。ただ,端的に言えば,「負の連鎖」的なものが描かれているから,それが非常に暗くて重い印象を与えてしまうのである。そこをどう評価するかだと思うが,私は重々しさを覚えながら,出張の道すがらに結構なスピードで読了したのであった。これは悪くないと思うし,こういうのもありだと思う。但し,ちょっと重いだけである。星★★★★。

それにしても,「教団X」のAmazonのユーザ・レビューを見ていると,ぼろくそに書いている人が多いが,私は比較的好意的な捉えているのはこのブログにアップした記事(記事はこちらの通りである。

2015年5月 9日 (土)

「教団X」:入院中に読むにはどうなのよ(笑)。

X「教団X」 中村文則(集英社)

買ったまま「積んどく」状態だった本を入院に合わせて病院に持ち込んでいた私である。しかし,600ページ近い大作なので,病床で読むには結構しんどかったし,内容も結構しんどかったなぁと思わせる作品である。

ストーリーはさておき,私がこの本を読んでいて感じたのは,著者中村文則による現政権への危機感ではなかったかと思わせる。言葉の端々にそういうトーンを感じてしまうのは私だけではないと思う。私はいつも言っている通り,リベラルな人間であり,現政権に対して徹底的に批判的な態度を取る人間であるから,そうした記述には首肯できる部分が多いのだが,いかんせん,小説としてはここまでの大冊としなくても書ける内容であるようには思う。そうしたところがアンビバレントな感覚を生み出す。ついでに言うと,カルト教団Xにおける信者たちのエロ・シーンはなんじゃそれはというレベルに達しているが,それも今の社会の風潮をデフォルメしているものだという気がするとしても,ちょいと行き過ぎではないかと感じるのも事実である。

そうは言っても,読後に振り返ってみれば,中村文則としては小説のかたちを取りながらも,書かずにおけなかったというのが正直なところではないか。登場人物の関係性等,とっ散らかった印象もあるが,それでもこれはこれである程度は評価したいと思った作品である。ただ,やっぱりちょっと長いかなぁ。星★★★★。

最後に,これは万人には薦められないし,上記のような観点で読めば,確実に賛否がわかれるところであることは承知している。それでも物言わぬメディアよりは,ずっと健全だと思う。いずれにしても,ネット上で「だけ」お盛んなネトウヨくんたちの論理に楔を打ち込むような感覚が,彼等にはきっと気に入らないだろうねぇ(苦笑)。

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