カテゴリー「書籍・雑誌」の記事

2008年10月 3日 (金)

マイルスを聴け:文庫本なれどもこりゃ重い。

Photo 「マイルスを聴け!Version 8」中山康樹(双葉社)

おなじみ「マイルスを聴け!」である。ほぼ2年おきに改訂が行われるこの本も,Version 8まで来た。出る度に買っている読者の立場からすれば,差分だけ出してくれればいいのにと思ってしまうが,それでは印税収入が入ってこないということで,この本もページ数がどんどん膨れ上がっていく。今回はなんと1,100ページを越えている。これでは通勤途上で読もうにも,鞄に入れると重くてたまらん。とは言いつつ,格好の暇つぶしにはなるので,ここのところ毎日持ち歩いている。

今回のバージョン・アップで加えられたのは89枚だそうだが,Bar D2のマスターも書かれているとおり,80年代の音源が圧倒的多数のようである。また,ページ数も80年代が450ページ近くあり,ここを読むだけでもかなりの体力を要する。80年代のMiles Davisってどうなんだろうという気もするし,私は゛You Are Under Arrest゛以降はちょっとというクチなので,こんなに音源が出されてもという気がしないでもない。しかし,世の中がデジタル化したのと同期して,Milesのブートレッグの数も飛躍的に増えるというのは,これはまぁ当然のことなのかもしれない。

Miles関連のブートの世界では私の関心はLost Quintetと70年代の音源に向かうので,60年代後半と70年代の音源のチェックに最も力が入るが,次のバージョン・アップでは新規で追加したページと改訂したページに何らかのマークでも付けてくれるとありがたいのだが。そんなものは自分でチェックしろって?確かにねぇ。でもまた全部読むのも面倒だし...。是非何とかして欲しいものである。

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2008年7月24日 (木)

何とも重苦しいテーマの「決壊」

Photo_2 「決壊(上・下)」平野啓一郎(新潮社)

最近読んだ吉田修一の「さよなら渓谷」は沈鬱な雰囲気だとこのブログに書いたが,平野啓一郎の新作「決壊」は吉田をはるかに上回る何とも陰惨なテーマを持つもので,読んでいて暗い気分に陥れられてしまったのだが,それを一気に読んでしまったというのは一体何なんだと思ってしまった。こんな本ばかり読んでいると精神衛生上よろしくないなぁと思いつつ...。

平野啓一郎の小説を読むのは私はデビュー作「日蝕」以来のことだが,私には厳か過ぎて敷居の高い作家と思わせた平野の印象が変わったのは,小川隆夫との対談本「Talkin' ジャズ×文学」や小川との共著「マイルス・デイヴィスとは誰か」で,彼の音楽的な趣味・嗜好がわかってからのことである。今回の作品にもBrad Mehdauの゛Largo゛やQuincy Jonesの゛Body Heat゛だったか”Mellow Madness゛だったかが小道具として登場しているし,コルボのフォーレのレクイエムなんてのも登場すると,この人は音楽がわかっていると思わせられてしまうのである。

それはさておき,今回の作品,ネット上での悪意の流布やブロガーの心理等も描かれていて,何となく他人事のように感じられないのが,一気読みの理由の一つとも言えるかもしれないが,それにしても字面を追っているだけでもかなり残酷なシーンがあって,映画で言えば「ブラックサイト」のようなえげつなさである。その一方で,登場人物の会話や独白は相変わらず小難しくて,私のような凡人にはついて行けない部分もあるが,それでも現実社会での出来事(秋葉原の一件等)を想起(予見)させるようなこともあり,この小説はネット社会における人間心理にも触れながら,あまりにタイムリーなテーマを扱っており,かつシチュエーションもリアルと言えばリアルで,これがまた私が暗くなってしまう原因かもしれない。

そうした様々な要素を含めても,私は本作をかなりよく出来た作品だと評価せざるをえないというのが実感である。今年,私がどれだけの文学作品を読むかはわからないが,この作品は年末のベスト作品には必ずや挙げられるであろうと確信しているぐらいの出来である。但し,読了後の感覚は極めて重苦しいので,安易に手に取ることはお薦めできない。こうしてアンビバレントな感覚に陥る私である。星★★★★☆。

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2008年7月16日 (水)

沈鬱な雰囲気に満ちた吉田修一の作品

Photo 「さよなら渓谷」 吉田修一(新潮社)

私はデビュー以来,吉田修一の著作をだいたい読んできたつもりだが,彼にとっては「悪人」が一つの分岐点となって,その作風に大きく変化が生じたように思える。それまでが語弊があるかもしれないが,どちらかと言えば軽いタッチの作品が主流であったような吉田が,大長編「悪人」で重厚な作家へと変貌を遂げた。本作は「悪人」後の初の作品(前作「静かな爆弾」は「悪人」前の作品だったはずである。)だが,この作品はさらに重苦しく沈鬱な雰囲気に包まれている。

何が重苦しいって,筋書きやプロットがあまりにヘビーなのである。このタイトルからは想像もできない重さで,読んでいて救いようのない気持ちにさせられてしまう瞬間が多々あった。この作品が「週刊新潮」の連載小説だったというのはにわかには信じ難いが,これを毎週楽しみに読みつなぐ読者がどれほどいたかは疑問である。少なくとも私には連載小説でこれを読みたいというセンスは私にはなく,単行本でなければ読了することは不可能だっただろう。

そうした重苦しい作品ではあるのだが,200ページ弱の書籍であるから,あっという間に読めてしまう。しかし,後味としてはどうだろうか?この本を読んだら,従来の吉田修一を求める読者がかなり逃げ出すのではないかと心配になるほどの変貌ぶりである。まぁ私は前作「悪人」を高く評価しているし,吉田修一のこうした変貌も受け入れることはできる。しかし,やはりもう少し「救済感」がないと辛いのも事実である。この後,吉田がどういう作品を出してくるかはわからないが,また次も買ってしまうのだろうが,それでもやはりこれはなかなか厳しい小説であった。軽い気持ちで手を出すと火傷をするような作品と言っておこう。星★★★☆。

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2008年4月30日 (水)

逢坂剛:薀蓄開陳趣味趣味小説

Photo 「墓石の伝説」 逢坂 剛(講談社文庫)

逢坂剛の西部劇好きは川本三郎との共著「大いなる西部劇」でもとっくに証明済みだが,これは小説というフォーマットを借りて徹底的に西部劇や付随する歴史に関する薀蓄を開陳した本である。ここまでいくと,「文芸」というよりも「趣味」の世界という気がするが,それでも私はかなりの西部劇好きなので結構楽しませてもらった。しかしながら,一般的な評価はきっと「?」ということになるだろう。

今回は西部劇をネタに使っているが,同じ岡坂神策シリーズの映画関係ネタということでは「牙をむく都会」と同系列の作品ということになる。「牙をむく都会」でも顕著だった薀蓄が,本作では更に輪をかけた状態になっており,これは完全にマニアックな世界に突入していると言われても否定できない。その薀蓄を開陳するためのシークエンスとして映画監督と西部開拓史研究家の鼎談という形式を取っているが,西部劇に興味のない人間にとっては,こんなダイアログは全く必要ない(あるいは退屈なだけか,意味不明な暗号にしか見えない)ということになるだろう。西部劇好きの私は読みながら「へ~」と何回も言わされてしまったが,西部劇がどうのこうの言わずとも,エンタテインメントとしてはそれなりに楽しめることは事実だとしても,これはやはり特定の読者にしか勧められない。

また,この小説を逢坂剛らしいサスペンス小説だと思って購入した読者は,裏切られること甚だしい。最後まで一向にサスペンスフルな展開など登場しないから,そうした観点で,これをサスペンスだと謳う本文庫版の背表紙の惹句にだまされてはならない。あくまでもこれは西部劇好きによる西部劇好きのための小説でしかないのである。よってこの本に対する私個人の評価と,一般的な評価では大きく異なってくるのは仕方がないところである。あっというまに読了してしまった私個人は星★★★☆ぐらいには評価できるが,一般の読者にとっては星★☆ぐらいと言っておくのが妥当のような気がする。どう見てもやはりこれは行き過ぎなのである。そりゃ同好の志にはいいだろうけどねぇ...。

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2008年4月11日 (金)

斎藤由香さんのこと

斎藤由香さんを皆さんご存知だろうか。週刊新潮で窓際OLコラムを連載していらっしゃる本職はサントリー勤務のエッセイストである(最近はどちらが本職かわからない?)。斎藤さんのお父上は北杜夫氏。ということはおじいちゃんは斎藤茂吉,伯父さまが斎藤茂太先生である。

ご本人は覚えてらっしゃらないだろうが,私はこの斎藤さんと旅行に行ったことがある。勿論,2人ではない。たまたま参加したツアーが同じだっただけである。時は私が大学卒業寸前,私の友人(♂である)と一緒に欧州各国を旅するというツアーであった。それにしても今にして思えば何で私(及び私の♂の友人)がよりによってロマンチック街道の旅なんぞに行っていたのかが不思議でならないが,そのツアーに斎藤さんも参加されていた。確か2週間近いツアーだったので,斎藤さんとも何度かお話する機会があったが,それは感じのよい人だった。

その斎藤さんの本をたまに読ませてもらうのだが,やはり血筋と言うべきか。この文才は天賦のものと思う。また,そのユーモアの感覚はお父さん譲りということも出来よう。よくもまぁ職場のことをなんだかんだと書けるものだといつも感心してしまうが,私も職場の女性の皆さんには同じように見られているということかと考えると空恐ろしくなるのも事実である。

斎藤さんの本には女性たちが職場のアホ上司を罵倒する表現が多い(あそこまではっきり書かれると逆に爽快である)が,それと同時にご家族に関する記述が多いのも特徴である。こうしたところに斎藤さんの結構強い家族愛を感じてしまうのは私だけだろうか。そうした意味では私には斎藤さんは「いい人」のように思える。そうでなければ,あれだけの人脈も築けまいし,多くの文人たちから愛されることもなかろう。

その彼女が祖母上について記したこれまた愛に溢れた近作「猛女とよばれた淑女 祖母・斎藤輝子の生き方」(新潮社)を私も読ませて頂くために,会社の帰りに購入してきた。まだごく一部しか読んでいないが,それだけでもこの本にも家族愛が通奏低音のように流れていることが強く感じられるのである。

ご本人は「窓際OL」などとのたもうているが,彼女の著作を見ていれば,OLを辞めても(というかサントリーは決して手放すまい)十分食っていけるわとつくづく思う。私のように毎日駄文を垂れ流すしょうもないブロガーとは所詮出来が違うのである。ここは斎藤さんがサントリーでご担当のマカやアラビタでも飲んで私もあやかることとするか。

でも斎藤さん,絶対私のことなんて覚えてないだろうなぁ。当たり前か。

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2008年2月 4日 (月)

長大な綾辻ワールドの行き先は...

Photo 「暗黒館の殺人(1~4)」 綾辻 行人(講談社文庫)

何とも長大な小説である。正月休みにでも読もうと思っていたのだが,結局読了するのに3週間ぐらい掛かっただろうか。しかし,3~4巻は3日ぐらいで読んでしまったような気もするし,これを読み切らせるというのはそれなりに面白い証拠である。

ネタをばらすようなことを言えないので,どこまで書いていいのかわからないが,この小説は非常に構造が複雑(それを伏線を張ると言い換えることも可能)で,かなり頭がぐちゃぐちゃになると言っても過言ではなく,これまでの「館」シリーズのような所謂新本格のフレイバーを期待すると裏切られると言ってもよい。そこが好き嫌いの分かれ目であろうが,読み終えての感想は「よくやるわ」あるいは「なんじゃそりゃ」というものだった。

確かにエンタテインメントとしてはよく出来ているが,はっきり言ってある意味オカルト的な部分もあり,ある意味ギミックといわれても仕方がない筋書きは私はあまり好きとは言えない。ここまでの世界を作り上げた綾辻の豪腕は認める必要はあるだろうが,やっぱりこれはやり過ぎだと思う。本人が自画自賛するほどの傑作とは到底思えないということで星★★★。あ~疲れた。

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2007年12月31日 (月)

私も今年のベスト盤を...

いよいよ大晦日となった。世の中ではいろいろな方が今年のベスト盤をブログ等でも挙げておられるので,私もあやかって今年のベスト盤を考えてみたい。そもそも私が今年何枚のCDを買ったのかもはっきりしないのだが,純粋な新譜はあまり多くなかったような気もするし,そうした私が今年のベスト盤を語る資格があるのかというと疑問ではある。しかし,いろいろなジャンルの音楽を聞いてきて,私のヘビー・ローテーションとなったアルバムをいくつか挙げておきたい。必ずしもこのブログで紹介していないものや発掘ものも含まれているが,まぁそれはご勘弁願いたい。

別格:Michael Brecker "Pilgrimage"

ジャズ:Antonio Sanchez "Migration",Chris Potter Underground "Follow the Red Line: Live at the Village Vanguard",Dave Douglas Keystone "Moonshine"

ロック/フォーク/SSW:Neil Young "Live at Massey Hall 1971",Joe Henry "Civilians"

ソウル/R&B:Mavis Staples "We'll Never Turn Back", Chaka Khan "Funk This",Aretha Franklin "Rare & Unreleased Recordings from the Golden Reign of Queen of Soul"

ブラジル:Eumir Deodato "Ao Vivo No Rio"

そして私にとっての今年のMVPはFred Hersch以外はありえない。新作"Night & the Music"もよかったが,何よりもカザルス・ホールでの彼のライブが私の心を鷲掴みにしたのである。あまりにその演奏がよかったものであるから,今年の後半最も聞いたのは彼のアルバム群ということになってしまった。また,今年最も嬉しかったのはJoni Mitchellへのシーンへの復帰。アルバム"Shine"は悪くはないが,Wayne Shorterの不在は痛く,私が求めるレベルには達していなかったのは残念。しかし,彼女が戻ってきてくれたのは何よりも嬉しかった。また,見られると思っていなかったEgberto Gismontiのライブは今年起こった奇跡の一つ。

(オマケ)映画:「ボーンアルティメイタム」(劇場,飛行機で見たものの中で,一番面白かった。)

(オマケ)書籍:吉田秀一 「悪人」(結局この本が新刊では一番面白かったような...)

ということで,今年になって始めたこのブログであるが,いろいろな方とお知り合いになる機会も与えてくれたし,それなりに私としては満足している。本年は都合359本の記事で打ち止めである。ほぼ毎日よく続いたものだが,来年以降もできる限り同様のペースにて続けていきたいと思う。

それでは皆さん,よいお年をお迎えください。また,来年もご愛顧のほどをよろしくお願い致します。

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2007年11月23日 (金)

「ミッドナイト・イーグル」:映画化を前に読んでみたがこれはいかん

Photo 「ミッドナイト・イーグル」高嶋哲夫 (文春文庫)

2008年のお正月映画として公開される「ミッドナイト・イーグル」の原作である。映画版は若干の脚色を加えているようだが,映画の出来はわからないとしても,この原作小説は駄目である。

何が駄目かと言えば,先が読めてしまう展開もそうだが,話を引っ張るために無理なストーリー展開を作り出している点である。これはご都合主義的なストーリーだと言われても仕方がないはずである。何でもかんでも説明すればいいというものではないが,とにかくいろいろ都合がいいように事が運んでしまってはやはり醒める。だいたいこんな話だったら,中国政府は相当怒るのではないかというような無茶な話である。

ここまでご都合主義的に話が進むのだから,映画化は楽だろう。ある意味,映画化を狙ってこういう話にしたのかと皮肉の一つも言いたくなる。原作がこれだけ下らないのだから,映画化されたバージョンが傑作になるはずはない。雪崩やステルス戦闘機,銃撃戦等の映像である程度はごまかせるかもしれないが,脚色を加えたとしてもやはりこれでは無理だろう。

退屈な通勤時間や出張の移動時間の暇つぶしをするにはいいとしても,冒険/サスペンス小説としても全く評価に値しない凡作。星★。

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2007年10月 7日 (日)

藤原伊織:今度こそ最後か

Photo 「名残り火(てのひらの闇2)」 藤原伊織(文藝春秋)

5月に藤原伊織が亡くなって,当ブログでも「ダナエ」,「遊戯」の2作を紹介してきたが,今般,最後(今度こそ本当に最後だろう)の長編として,本作が発売になった。

タイトルにもあるとおり,「てのひらの闇」の主人公,堀江が約8年ぶりに再登場し,典型的なハードボイルドの世界を展開している。前掲の2作が短編集であり,藤原の長編への渇望感が強かった私であるから,この作品は大いに楽しめた。

最近の藤原伊織の作品に共通するパターンだが,業界ネタを使いつつ,かなりありえない展開を示すという感覚は本作でも強いし,やや説明不足の記述も残っている(特に殺人実行者の心の動きが掘り下げ不足である)。しかし,本作の推敲中に藤原が逝去したそうであるから,ある意味,不完全性には目をつぶらなければならないだろう。

それにしても相変わらずのストーリーテリングの妙と言うべきであろう。私はあっという間に読了してしまったが,ここまで読者を引き込む力はやはり立派である。うまい人は短編でも長編でもうまいのである。本作を読んでいて,「てのひらの闇」を再読したくなるのは私だけではないと思う。ここでも追悼の意味を込めて半星オマケして星★★★★☆。

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2007年9月 9日 (日)

宮部みゆきの新作は相変わらず読ませるが...

Photo 「楽園」 宮部みゆき(文藝春秋)

宮部みゆきが「模倣犯」の主人公,前畑滋子を再登場させて描いた新作である。さすがに宮部,今回も読ませる筆力は健在だが,本作はいかんせん話に無理がある。

サイコメトラーの少年についても説明不足,下巻での急展開もある意味,ここまでいくとありえない世界である。フィクションだからよいという話ではない。「模倣犯」はもっとまともにプロットが書かれていたはずだが,この作品には帳尻合わせ的なストーリー展開が多過ぎるように感じられる。

これは前畑滋子という「模倣犯」でのキャラクターを使った作品であるが,残念ながら,「模倣犯」のような痺れるような緊張感はないし,意図的に説明を省いているように思える部分も感じられるストーリーテリングにも難があるということで,「模倣犯」と到底同格には扱うことができない凡作である。

どうも最近の宮部みゆきの作品は何ともゆるい「名もなき毒」といい,本作といい,我々の期待を裏切り続けていると言わざるをえない。我々の期待が高過ぎるのか,それとも宮部の才能が枯渇したのか。まだまだ枯渇するような才能ではないはずである。一気に読ませてもらったエンターテインメント性は評価するが,どうにも納得のいかない作品なので,星★★☆。

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2007年8月 3日 (金)

これが本当の藤原伊織の遺作らしい

Photo 「遊戯」 藤原伊織 (講談社)

藤原伊織が亡くなったのは今年の5月のことであった。その折,私は「ダナエ」が彼の遺作のように思い,当ブログにも記事を書かせてもらったのだが,先日,彼の本当の遺作である(らしい)本作が発売された。

本作は一組の男女を主人公とする連作が収められているが,これが結構いい出来である。相変わらず設定に無理がある部分もあるし,おそらくは完結していない連作ゆえに,説明不足の部分もある。しかし,何とも言えない人間心理の機微を,エンタテインメントのかたちでよく表したという点で,彼の筆致については高く評価すべきだと思う。つくづく惜しい作家を私たちは失ってしまったと思わざるをえない。

本作を読んでいて感じたのは,この小説の主人公の造形が極めて魅力的であり,非常にビビッドなイメージを読者に与えているということである。また,藤原の広告代理店出身というバックグラウンドを反映した業界知識も適切に活かされており,私は「ダナエ」よりもこの作品の方が素直に楽しめた。

もちろん,それは彼の生存中に読んだか死後に読んだかというやや感傷的なファクターもあろう。しかしながら,私には特に身長約180cmと設定された女性主人公が魅力的であった。それゆえ,誰か藤原の遺志を次いで,この続編を書いてくれないものかとも思ってしまったぐらいである。それぐらいの筆力はより多くの人に知ってもらいたいと思う。改めて藤原伊織への追悼の意味を込めて星★★★★★。

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2007年7月31日 (火)

「このミス」の評価が当てにならんことを実証するような作品

Photo 「葉桜の季節に君を想うということ」 歌野晶午 (文春文庫)

地方出張をしていると,移動時に軽い本が読みたくなることがある。本書は名古屋に出張したときに,ある書店で大量に平積みされていた文庫本で,試しに買ってみた。私にとってはこれが作者の初体験だが,ちなみにこの書籍,2004年度版「このミステリーがすごい」国内第1位だそうである。そうしたランキングは売上げに直結するわけだから,私としても,相応の期待がなかったわけではない。

しかし,この本,私としては極めて微妙である。この「落ち」を読んで「やられた」と思うか,「何じゃそりゃ」と思うかは個人の勝手だが,「このミス」の評者たちは前者の反応,私は後者の反応をしただけである。確かに人の思い込みの怖さを痛感させられると言えばそうとも言える。また,何だかんだと言いつつ,私もあっという間に読了してしまったので,それなりには楽しめる。しかし,これをミステリーと呼べるかと言えばこれまた微妙なところであるし,期待に応える出来かと言えば,それも?である。この「落ち」だけで,本作を2004年度最高作とは言えないだろうし,もっと優れた小説などいくらでもありそうなものである。だから私にとっては「このミス」など当てにならないということになる。

結局のところ,筋書きはさておき,この「落ち」をどう評価するかでこの本に対する考え方は変わってくるということである。確かに伏線はちゃんと張ってあると言えばその通りだが,私にしては「それにしても・・・」である。地方出張の移動時間の暇つぶしにはよかったが,長い間,記憶に残るような本ではないというのが私の評価である。星★★。

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2007年5月30日 (水)

追悼,藤原伊織

Photo_12 「ダナエ」 藤原伊織 (文藝春秋)

藤原伊織が去る5/17に亡くなった。59歳というあまりに若すぎる死が大変惜しまれる。

藤原伊織が大きな注目を集めたのはもちろん直木賞,江戸川乱歩賞をダブル受賞した「テロリストのパラソル」以降であるが,読者を引きずり込む彼の筆力はおそらくは遺作となった短編集「ダナエ」まで健在であった。後年の長編作「蚊トンボ白鬚の冒険」や「シリウスの道」も筆力は優れていながら,設定やプロットに無理を感じさせるところもあっただけに,次作の「テロリスト...」や「ひまわりの祝祭」のようなハードボイルド長編を期待していた私のような読者も多かったはずである。それは果たせなかったが,ここで紹介している「ダナエ」という短編集も侮れない作品であり,短編だからと言って敬遠するべきではない。 むしろ藤原の早逝を追悼して読んでみれば,更に彼の死が極めて勿体ないことであったことがわかるであろうなかなか泣かせる佳作である。星★★★★。

私は発売直後にこの短編集を読んだが,まさかその数ヶ月後にこのようなことになるとは思わなかった。今,この段階で「ダナエ」を読めば,おそらくは全く違った感慨もあるのだろうが,私は未読だった短編集「雪が降る」を読んで,彼を追悼することにしよう。合掌。

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2007年4月12日 (木)

吉田修一の新作は映画を見るような...

Photo_3 「悪人」 吉田修一 (朝日新聞社)

今日は小説について書いてみたい。吉田修一の新作は朝日新聞の連載小説の単行本化であるが,吉田にとっては最大の長編となった。これまでの吉田修一の作風は劇的な要素はあまり持たせることなく,淡々とストーリーを展開することが多かったように思うが,本作は初の連載小説ということもあるかもしれないが,従来の作風と随分違うように思える。

この小説を読んでいて,強く感じるのは「映画的」ということである。特に昔なら「ナッシュビル」,最近ならば「トラフィック」や「クラッシュ」のように,一つの物語を重層的なサブ・ストーリー,登場人物が彩っていくという感覚が非常に強い。これは私の想像であるが,吉田としてもそうした映画的な要素を相当意識して作ったとしか思えないほど,この小説は映画的な色合いが強く出ている。オリジナリティとしてはやや疑問を感じるが,こうした展開はよほど構成(映画で言えばシナリオである)がしっかりしていないと,さっぱり訳のわからない世界に陥るものだが,吉田のこの小説は,構成的にも,ストーリー的にもかなりよく出来ていると言ってよいだろう。

後半(特に最終章に顕著だと思う)になるにつれて,やや強引なストーリー展開や不要な挿話,無理な人物造形等を感じさせるのは残念ではあるが,小説全体を一気に読みとおすことができたし,エンターテインメントとしても十分楽しめた。従来の吉田のカラーと異なる個性を打ち出したことも評価して星★★★★。

蛇足ながら,出てくる人物のほとんどがさまざまな嘘をつくことに「悪人」というタイトルの所以があるように感じる。

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2007年3月25日 (日)

ECMレーベルのカバー・アート集

Sleeves_of_desire ゛Sleeves of Desire: A Cover Story" Lars Muller

何を隠そう私は相当のECMレーベル好きである。今やECMのカタログは1,000作品程度を数えるに至っているので,完全コレクションとは到底いかないが,私が所有する枚数も,Keith Jarrett,Pat Metheny,Ralph Townerなどメジャーどころを筆頭に,相当な数になってしまった。

ECMレーベルの音楽はManfred Eicherという名プロデューサーの美意識を反映したユニークなものが多いが,ECMレーベルのもう一つの特徴となっているのが,その優れたカバー・アートである。この本は,そのECMレーベルのアルバム・カバーを並べただけのものなのだが,これが何とも美しく,ECM好きにはたまらないものとなっている。本書が発売されたのは96年なので,それまでのアルバム群に限定されるわけだが,それだけでも見ているだけで心癒されると言うべきの素晴らしい書籍である。アルバム・カバーもここまで来れば芸術の域に達しているというのがわかる。

残念ながら本書は絶版のようで,Amazonなどではとんでもない高値で取引されているのが現状だが,ECMファンとしては必携の書籍であることは間違いない。星★★★★★。

Granta_cover 尚,ECM関連書籍としてはレーベルの一部作品のプロデュースを担当しているSteve LakeがPaul Griffithsと共同で著した゛Horizons Touched - The Music of ECM゛が間もなく英国で発売される(4/2予定)。現在,私はこの書籍を注文中だが,ここでもカバー・アートや,コンサート・フォト等が多数収録されているようなので,ECMファンは絶版になる前に入手すべきだろう。但し,若干高いので念のため。定価は45ポンド。英国Amazonでは29.7ポンドで売っているが,それでも運賃込みにすると,1万円近くの出費は覚悟が必要だろう。日本のAmazonでも注文できる。今からワクワクしてしまう。我ながら結構なオタクぶりであるが,こちらも入手次第紹介したい。

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2007年1月19日 (金)

Joni Mitchellの画集

Voices_1 "Voices: The Work of Joni Mitchell" (Mendel Art Gallery)

偉大なるミュージシャン,Joni Mitchellは自作の絵画を自らのCD(あるいはCSN&Yの"So Far"等もそうだ)のアートワークとして採用し,画家としても高い評価を得ているのは周知の事実である。そのJoniの美術作品の回顧展が地元であるカナダ,サスカトゥーンのMendel Art Galleryにて開かれたのは2000年のことであった。

この本は,その回顧展のカタログ本として出版されたものであるが,そもそもの印刷部数が少なかったらしく,米国のAmazon Market Placeなどでも結構な値段がついている。しかし,全64ページに渡り,懐かしのアルバム・ジャケットや抽象,具象,セルフ・ポートレートまでJoniの素晴らしい作品が並んでいるので,ファンは必携の作品である。苦労してでも手に入れる価値はあると断言しておこう。美術書ゆえ装丁も素晴らしい。

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