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2014年5月10日 (土)

Keith Jarrett@紀尾井ホール参戦記

Keithkioi_hall001_2 毎年のようにこの時期になると来日をしているKeith Jarrettであるが,今年はソロ公演である。しかし,今回はライブの日程がGWにバッティングしていたので,家族の手前,参戦は無理だろうと考えていたら,なんとキャパ800人の紀尾井ホールでの追加公演が発表され,財布には厳しかったが,チケットをゲットしてライブに参戦してきた。

Photo_2 今年のKeithのソロ公演では,Keithが大阪で演奏環境に不満をおぼえたらしく(聴衆の咳,ビデオ撮影,酔っ払い等諸説あり),途中で演奏を打ち切ったような報道がされていたこともあって,紀尾井ホールの聴衆には異常な緊張感が漂っていたと言ってもよい。まさに固唾を飲んでKeithの登場を待っている感じなのである。正直言って,Keithをジャズ・ピアニストだと捉えれば,こうした環境設定は異常という気がしないでもないが,今回,紀尾井ホールに高い入場料を払って集まった聴衆は,大阪のようなことがあっては困ると思っていたことは間違いないだろう。だから,第二部の開演直前の聴衆の「怒涛のような」咳払いには失笑すら漏れていたわけだが,正直なところ,私はライブをこんな環境に仕立てたKeithは甚だ罪作りだと思っていた。

それはさておき,肝腎の演奏であるが,第一部の特に冒頭2曲は近年のKeithのソロ公演同様,現代音楽的なアプローチが強かった。ウェーベルン,武満,はたまたシェーンベルクか?みたいな感じで,一般の聴衆にとっては敷居が高い音楽であろう。私は現代音楽も好きなので全然問題ないのだが,Keithがこういう演奏をする必然性は全く感じていないので,やはりKeithはメロディ・ラインをもっと強調すべきだと思っていた。第1部で演奏された全5曲の後半には,現代音楽的なアプローチから離れた感じもなかったわけではないが,正直なところ,私は睡魔に襲われる瞬間もあったことは告白しておかねばなるまい。

しかし,第2部になると様相が一変した。後半の1曲目はいきなり美しいメロディが炸裂し,昔のKeithのイメージが強まったという気がしたのだが,やや私としてはスイートに流れ過ぎたという感覚があったのも事実である。だが,2曲目でバップをベースとしながら,ストライド風味を入れた激しい演奏をしてチェンジ・オブ・ペースに成功し,そして3曲目はまたも美的な路線に戻すという,聴衆の心を鷲掴みにする攻撃にはまいった聴衆も多いのではないだろうか。

3曲目が終わって,Keithはまた椅子に座ってプレイをしようとしたのだが,一旦"Thank You" の挨拶ととともに,突然の本編の終演を迎えたのは不思議であった。見ていると,即興演奏のためのイマジネーションが一瞬枯渇したかのようなKeithであったが,アンコール1曲目は,本来本編の4曲目として弾くはずだったのではないかというような長い演奏であった。そこには日本的な旋律や中東的な旋律が織り交ぜられていたようにも思えるが,それをコントロールする強力な左手が印象的であった。その後,更にアンコール3曲を演奏して終演となったが,私の数少ないKeithのソロ・ライブ歴では一番よかったように思う。特に第2部本編の3曲はメリハリも利いていてよかった。

Keith本人も非常に声も出ていたし(笑),半ば立った姿勢でのピアノ・プレイも多々あって,今回のライブは上機嫌で過ごしたのではないかと思えるものであり,一方の聴衆も最後には熱狂的な拍手をKeithに浴びせていたので,満足度は高かったものと想定される。私としても,第1部前半はさておき,第2部,そしてアンコールの演奏含めて,大いに楽しめたと思う。ただねぇ,\18,000ってのはやっぱり高過ぎだよねぇ。オーチャードでも\12,000なんだから仕方がないって話もあるが,敷居が高過ぎると思っているのは私だけではないだろう。でもまぁ,今回は行ってよかったと思っているので,許す(笑)。

ただ,ライブはもう少し気楽に聞きたいよねぇ。クラシックだってもう少しカジュアルな感覚で聞けそうだが,今回は大阪の一件があって,本当にピリピリし過ぎていた。その点はやっぱり何とかして欲しいと思っている私である。

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コメント

住みながらですが大阪の人柄を一言で言えば[あつかましさ]であり[謙虚さ]が無い悲しい人種です。[おおきに]と[有難う]は違うと思います。タメ口の飲食店などザラです・・・

ジョン暖簾さん,こんばんは。

私も関西人のはしくれなので,関西人のキャラは理解しているつもりですし,それがいいところだとも思いますが,ライブの会場はちょっと訳が違ったってことでしょうねぇ。相手はKeithだし(笑)。相手が悪かったって感じですかね。

 大阪の公演は残念でしたね。ふと、キースの持病に関係するのではないかなぁ、と思いました。
知人で、とても音に、繊細な人がみえて、民放のテレビを観ていていると、CMに切り替わると、ボリュームが大きくなる。その変化や、バラエティ番組の観客席の笑いの音などが、すべてノイズに聞こえて、我慢出来なくなり、苦しい、都会はとかく無駄な音が多すぎる、と、感想を聞いたことがあります。
 私は薄味なので、外食すると、塩分を感じますが、濃い味に慣れていれば感じないと思います。音に関しても、悪気はなくても、様々な感覚の方がみえるのでしょうか?

ひまわりさん,こんにちは。

まぁ,Keithはミュージシャンですし,一般人よりは神経質なのもわかりますが,例えば,Leonard Bernsteinがイスラエル・フィルとマーラー9番をやった時の音源を聞けば,とんでもない聴衆の咳ばらいがあっても,集中力が切れることは一切ないことを考えれば,やはりちょっと過敏過ぎるきらいはありますね。

ただ,大阪の聴衆に問題があったのも確かなようですから,どっちもどっちですかねぇ。

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