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2012年8月27日 (月)

「プロメテウス」:こういう映画だったのねぇ...

Promethus 「プロメテウス("Prometheus")」 ('12,米/英,Fox)

監督:Ridley Scott

出演:Noomi Rapace, Michael Fassbender, Charlize Theron, Idris Elba, Guy Pearce

「人類の起源」なんてキャッチ・コピーを使って,一体どういうことになるのかという期待を持たせる映画である。劇場に足を運んでも,この映画の予告編はかなり気になるというところであったし,何よりもRidley Scottが久々にSFに取り組むということで劇場に早速駆けつけた私である。しかし,内容は私が想定していたものとはやや違って,これは「エイリアン」の前日譚と言ってよい映画であった。そもそももう少し情報収集していれば,「想定外」ということにはならなかったのだろうが,ちょっとこれは配給会社のプロモーション方法に問題があるのではないかと思わされたことも事実である。よって,全く違う世界を期待して劇場に行った人々からはおそらく顰蹙を買うと言っても仕方があるまい。

冒頭のシークェンス等は見事なものであり,おぉっ,これはいいかもしれないと思わせるような立ち上がりであるが,徐々に「エイリアン」と同じようなトーンになっていく。もちろん,あの頃よりも更に進化している技術を使って,リアリティのある世界を作り上げ,映像的にはなかなか楽しめる映画となっているのは間違いない事実である。だが,中盤を過ぎたあたりからの映像ははっきり言ってそのリアリティゆえに,この私が「えぐい」とさえ感じるものになっていることには注意が必要である。元祖「エイリアン」はSFでありながら,これほど怖いと思わせるものはないという強烈なスリラーであり,あちらの造形も相当恐ろしかった(今でも梅田のOS劇場で見た時のショックは鮮烈に記憶に残っている)が,今回はそれよりも気持ちの悪さが先に立ってしまったというのが正直なところである。

そして,この映画の最大の問題点は,あまりに多くの疑問を残していることである。これはシナリオの瑕疵だと言われてしまえば誰も反論できないものであり,その問題が大き過ぎる。なぜ地球上の遺跡にはあのような壁画が残っていたのか?なぜ生物学者と地質学者は「あそこ」に残っていたのか?なぜ,アンドロイドであるDavidはあのような行動を取るのか?更には...(あまり書き過ぎるとネタバレになるので,この辺でやめる)といった感じで枚挙に暇がないのである。そもそも,この映画に対して「人類の起源」等というキャッチ・コピーを使い,この映画の本質を隠しているとしか思えない宣伝方法こそが最大の問題だろう。

娯楽映画としてはそこそこのものだと思うが,この映画は「エイリアン」の前日譚として見るという意思がなければ,観客の期待を裏切るものとならないか?私はこれはほとんど詐欺的な商法とさえ言ってもよいのではないかと思えるのだ。本国版のトレイラーも似たような部分もあるとは言え,ここまで詐欺的ではないし,もう少し映画の本質へのヒントが提示されている。監督のRidley Scottに文句はなくても,Foxの宣伝部には相当頭に来ている観客も多いはずである。ということで,映画としてはシナリオの破綻もあって,星★★★程度しかつけられないが,この宣伝方式にははっきりと文句を言っておきたい。これは絶対に意図的に詐欺的である。繰り返すが,この映画はどういう映画であるかの本質を理解して劇場に行くか,理解せずに劇場に行くかによって,反応は絶対に異なってくるはずなので,この映画をこれから見ようという人には,そういうもんだと思って見て下さいと言っておこう。

この映画を見ている限り,続編を制作する気満々って感じであるが,シナリオをもう少しちゃんと考えない限りは,作ってもろくなものにはならなそうであることは間違いない。それからNoomi Rapaceを主役に据えたのも私はミスキャストだと思え,続編が作られたとしても,彼女では魅力に乏しいと感じるのは私だけではあるまい。

更に私が見たのは字幕版だからいいようなものの,吹替え版で主役のNoomi Rapaceの声を担当したのが剛力彩芽ってのも明らかなミスキャストだろう。ネット上でも悪評が飛び交っているが,キャラが違い過ぎるのである。私は原則として吹替え版は見ない人間であるから被害には遭わなかったが,やはり海外の映画はオリジナル言語で楽しむべきだと思える。この映画,更にはあのキャラに剛力彩芽という選択肢はありえないし,逆の見方をすれば,こんな役をオファーされた剛力彩芽が可哀想にさえ思えてしまった私である(まぁ,引き受ける方も引き受ける方だが...)。

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映画」カテゴリの記事

コメント

こんにちは。宜しくお願いします。
私はこの作品のあっさりと淡々とした展開がとても良いと思いました。
世の中にはSFだからミサイルとかレーザーを撃ちまくらないと、と言う人もいると思いますが、逆に平坦さと落ち着いた美術が良かったのです。
改めて「エイリアン」の第1作を観ましたが、脅かしがわざとらしいのと、初期のリドリー・スコットらしく、低予算で雰囲気一発みたいな所がネックに思いました。
やはり技術が足りないというのは不満が募るもので、等身大のエイリアン以外は人力で手工業的に動かしているのがチープ過ぎるんですね。
CG偏重もどうかと思いますが、技術の進化は、監督のビジョンを100%実現するための重要なtoolになっていると思います。

Logさん,はじめまして。こちらこそよろしくお願いします。

私もこの映画のヴィジュアル面は悪くないと思います。特に冒頭からのおそらくはアイスランドで撮影されたシーン等は見事だったと思います。おっしゃる通り,時代の流れとともに技術の進歩はあるものの,私個人としてはCG偏重になるのはどうかなとも思います。

先日,私は東京都現代美術館に「館長 庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技」(長いですね)を見に行ったのですが,CGを一切使わず作り上げた「巨神兵 東京に現わる」はこちらがびっくりするぐらいの凝りようでした。CGを使わなくてもここまでできるという遊び心さえ感じさせられてしまった身としては,ああいうのもありだと思えました。

そうした取り組みをCGに比べてチープだと言ってしまえばその通りかもしれませんし,「エイリアン」も今の技術水準からすればその通りかもしれません。しかし,それは例えばRay Harryhausenのモーション・アニメーション等の歴史的な取り組みさえも否定してしまうことになりませんか。新しい技術は使えばどんどん使えばいいですが,それが過去の作品を否定する材料になるわけではないと思います。今にして思えばというのは今だから言えることですが,私は「エイリアン」をはじめて見た時のショックは忘れられないのです。私はそうした記憶を大事にしたいと思います。

「脅かしがわざとらしいのと、初期のリドリー・スコットらしく、低予算で雰囲気一発みたいな所がネック」というのもそうかもしれません。しかし,低予算でも面白い映画ができることも事実ですから,それならば雰囲気一発でもいいと思います。例えば「「ボディスナッチャー/恐怖の街」なんて超低予算の最たるものですが,非常によくできた映画だと思います。

映画は見る人の主観によって,相当に印象は変わるはずですから,100人が100人同じ見解になるはずもありません。ですから,Logさんと私の見解がすれ違うのも仕方がありません。

ただ,私がこの「プロメテウス」という映画をどうしても評価したくないのは,宣伝のポリシーがあまりにあざといからです。Ridley Scottは監督,プロデューサーとしてちゃんと仕事をしたと思いますが,やはり今回の宣伝のやり方はどうしても気に入りません。

更にシナリオの瑕疵はどうしようもないことは否定できません。

せっかくコメントを頂きながら,このようなコメントをお返しすることは大変恐縮ですが,私の見解を申し上げることも重要と思いましたので,どうかご了承下さい。失礼の段はお詫び致します。

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