この音楽が果たしてジャズの裾野を広げるのか
"Romeo and Juliet" Karel Boehlee Trio (M&I)
European Jazz Trioの初代ピアニスト,Karel Boehleeのリーダー作である。日本のM&Iレーベル向けに録音されたものだが,私はこのアルバムを聞いて,どう評価すればいいのかわからないというのが正直なところである。
確かに耳あたりは心地よい。ペダルを多用し,音の余韻を楽しませるようなタッチは結構美しいと思うが,そうした音楽なら別にジャズである必要はない。ピアノ・サウンドの美しさを楽しむのであれば,私にとってはショパンでもシューマンでもよい話である。結局は編成だけはトラディショナルなピアノ・トリオの形態を保持しているものの,ジャズ的な雰囲気は極めて希薄である。Michel Legrandを中心に,フランス系の曲を集めたというのがその理由でないことは明らかである。同じLegrandをピアノ・トリオでやってもBill Evansならこうはならない。「枯葉」然りである。要はプレイヤーの資質,プロデューサーの矜持の問題である。
プロデューサーや,これをゴールドディスクに認定したスウィング・ジャーナル誌は,こうした音楽でジャズ・ファンの裾野が広がればよいと言うかもしれない。しかし,こうした耳あたりのよい音楽がジャズの原体験となった場合,本当にそれがさまざまなスタイルを持つジャズという音楽への入り口になるかと言えば,おそらくは逆効果ではなかろうか。こうした音楽から入れば,こうした音楽しか期待しなくなるとも言えるのである。
私がジャズを聞き始めたのは高校生の頃であったが,それは斜に構えたカッコつけだったと言われても否定し難いところがあるのは事実である。そうした私がディープなジャズの世界を本質的に理解したのは,浪人中にジャズ喫茶でほとんど1日中ジャズを浴びるように聞かされてからである。それまではMonkもParkerも全くその魅力がわかっていなかったのである。私のジャズ原体験はHerbie Hancockの"Maiden Voyage"だったからまだましだとしても,本盤を聞いて,「だからジャズっていいんだよねぇ」と思ってしまった若者,その他のリスナーが,例えばMonkの"Brilliant Corners"を聞いたらどう思うだろうか。これは自分の求める世界と違うから,「エバンス派」だけ聞いてればいいと思ってしまったとすれば,それは大きな不幸である。
もちろん,「わかる」,「わからない」という議論はある意味不毛である。しかし,私はジャズという音楽が持つ幅広い魅力を理解すれば,音楽に接する楽しみははるかに大きなものになると思うし,その上で好き嫌いを決めてもよい話である。
この音楽は,別に流し聞きをするには全く問題はないと思うが,これが本当に推薦に値する音源かと言えば,決してそんなことはない。この程度の音楽に大枚はたくのであれば,偉人たちの名盤が廉価で発売されているので,そちらからちゃんと聞いた方がはるかに健康的である。その上で,この音楽が好きだと言うならば,私はそれに文句を言う筋合いではない。
いずれにしても,私としてはジャズに何となくオシャレさを求める皆さんだけにどうぞとしか言うことはできない駄盤である。これよりもひどいアルバムも世の中には多数あるので,星★★としておく。
Recorded on September 5 and 6, 2002 in Amsterdam
Personnel: Karel Boehlee(p), Hein van DeGeyn(b), Hans van Oosterhout(ds)
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