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2007年5月27日 (日)

ブートレッグについて考える

昔から海賊盤というのは世の中に存在した。海賊盤を日本でもブートレッグ(あるいはブート)と呼ぶようになったのはいつの頃からか。以前,Michael Breckerの完全ソロ・ライブというブートレッグを紹介した時にも書いたのだが,私は正面切ってブートレッグをこのブログで紹介することには躊躇がある。ブートレッグはあくまでも趣味人(あるいは所謂オタク:自分をオタクと認めるようなものだが...)の世界であって,健全な音楽のリスナーに薦めることはやはり控えるべきだと思う。即ち,そこに足を一旦踏み入れると抜け出せなくなるから危険なのだ。

しかし、ここまでブートレッグが氾濫するにはそれなりの理由があるのも事実である。例えば,Miles Davisのボックス・セットによくある批判であるが,本当にマニアックな人々が聞きたい音源を,そうしたボックス・セットがちゃんとカバーしていないことがその根本的な原因である。プロデューサーとしては,何でもかんでも音源を収録してしまえば,ボックスの価格が吊り上がり,販売に影響するという判断もあることは間違いないので,最大公約数的なチョイスに走ることも責められるものではない。

ただ、Miles DavisのJohn Coltraneとのボックスが出たときには,その制作過程で"Kind  of Blue"セッションや"Round Midnight"セッションの全貌も明らかになっていたはずである。それを意図的ではないとしても,出し惜しみするから結局はブートレッガー(関係者による流出は間違いないところだが)の餌食になるのである。そうした意味では,プロデューサーのリスナー心理の無理解というのも,その根底にあるのではないかと思う。

とか何とか言っても,私も結構ブートレッガーを潤わせている方なので,あまり大きなことは言えた義理ではないが,ファン心理というのは人がどうこう言おうと微妙なのだ。マニアックと言われようが,欲しいものは欲しいし,聞きたいものは聞きたい。これが今日も私の財布を軽くさせていく...。ある意味では厳しい世界である。

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