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2013年5月25日 (土)

Pat Metheny Unity Band観戦記:そこに見られた光と影?

Unity_band_live 昨年の音楽市場において,ジャズというカテゴリーに属する音楽に関心を持つリスナーであれば,Pat Methenyが久々にホーン入りのバンドを組んだということで,このUnity Bandに対する関心が高かったことは否定しようのない事実である。天邪鬼の私でさえ,そもそもMethenyが好きな上に,ホーンがクリポタでは無視できるはずがない。だからと言って,私は彼らのアルバム"Unity Band"を高く評価しつつも,最高だとは思っていなかったのが事実である。それはその時の記事(こちら)を読んで頂ければいいのだが,それでも彼らが来日するとなれば,どうしても行きたい,どうしても聞きたいと思ってしまうのが人間の,あるいはより限定的に言えば,中年音楽狂としての私の「性」である。

そして,今回,ブルーノート東京に出掛けてきたわけだが,私としては演奏としてはほとんどケチがつけようのないレベルのものだったとは思っているが,主題の通り,いいところである「光」の部分と,納得できない「影」の部分が混在するライブであったと思えるのだ。それはMethenyに起因する部分と,彼には責任がない部分にわかれるので,そこをはっきりさせたいと思う。

まずは「光」である。何よりも,このクァルテットを形成するミュージシャン4名の質が無茶苦茶高いということで,安心して聞けるのは当たり前,Methenyについては平均点と言ってもよい出来だと思うが,私贔屓目もあるが,クリポタの素晴らしいフレージングにまいってしまった。彼がUndergroundで来た時も興奮したが,今回のフレージングは,私に「く~っ」と言わせるに十分な出来であった。とにかく凄い。それが第1の要素。第2の要素は,Antonio Sanchezの素晴らしい反応能力である。ソロイストのフレーズに対し,これほどビビッドに反応できるのかと思えるほどの素晴らしいミュージシャンとしての身体能力である。ソロは冗長と感じさせたが,Sanchezのバッキングの能力は誰も否定できまい。第3の要素はBen Williamsのベースの音色である。この人はライブでのベースの鳴らし方をわかっている。Ron Carterよりはるかにまともな音色づかいで,この人は極めて有能である。目立たずとも実力は十分。こうした実力者の集結の結果,いい演奏になるのは当たり前だが,そこでのMethenyのリーダーシップも認めなければならないだろう。

だが,今回のライブ,いいことばかりだったとは言い切れない。それが「影」ということになるが,まず言いたいのはとにかく「イェ~」を連発すればいいと思っているアホな聴衆の存在である。個々人が音楽を楽しむことに私は何の文句もないが,タイミングの悪い「イェ~」,そして演奏と何の関係もないところでの何に受けているのかさっぱりわからない「笑い」,更には誰がどう聞いても無駄というか,全く音楽の本質を理解していないような会話(例えば,全然演奏としてはこのバンドに合っていると思えない"James"のイントロでのPatのソロを聞いて,「カッコいいよねぇ~」とか言っている無神経/無知ぶり)の数々にはまじで辟易とさせられた。迷惑でしかない聴衆については,Keithのライブでも批判が集中していたが,今回も根本は同じである。ステージに向かって左側後方の4人がけのボックス・シートに座っていたヒゲのバカ親父は,私を辟易とさせた責任を取ってもらいたいもんだ。バカにつける薬はないが,あれほどのバカはなかなか見られるものではない。音楽の本質もわかっていないにもかかわらず,身勝手に盛り上がる姿はみっともない以外の何ものでもない。私ならあいつは出入り禁止にするわ。とにもかくにももう少し恥を知って欲しいものである。

次に気に入らなかったのが,ライブ盤の制作を意識しているのかと思わせるような人工的なクリポタの音色である。エコーが掛かり過ぎで,ライブ感を損ねていたのは納得できない。サックスやバスクラの響きに,ライブならでは感覚が足りないと思ったのは私だけではないはずだ。クリポタのフレージングが見事だっただけこれは惜しい。また,このバンドがMethenyのバンドということは厳然たる事実としても,バンドのサウンドとしてバランスが悪い瞬間がかなりあったのは問題だ。特に私の嫌いなオーケストリオンのセットが鳴り出した後,クリポタのサックスがほとんど聞こえなくなったのは論外である。そもそも,これだけ優秀な人材を集めているところに,なぜオーケストリオンが必要なのか私には全く理解できない。Methenyが趣味を開陳するのも勝手だが,それを私は許したいと思わない。Pat本人の趣味に付き合わされるバンド・メンバー,そして聴衆(少なくとも私)にとっては迷惑千万である。全然面白くないのだから,さっさとやめて欲しいものである。

そして,最後に商売っ気出し過ぎのPat Methenyはいかん。アパレルやその他諸々のグッズはよしとしよう。しかし,サイン入りCDを4,000円で販売するってのはどういうことか。普通,印税に貢献したリスナーには,無償でサインに応じるのが当たり前のミュージシャンの姿である。私は,そうした商売っ気を出し過ぎたところには失望さえ感じてしまった。あれは絶対駄目である。その一方で気前よくマグカップを土産につける気前のよさがあるので,それで相殺って話もあるが,ならば,アドミッション・チャージを下げることを考えるのもオプションだったようにも思える

そういうネガティブな要素はあったが,演奏のレベルにはほとんど文句はない。オーケストリオンの使用をやめ,そしてライブとしてのサウンドをもう少しまともに考えれば,完璧だったと言ってもよいのだ。特にクリポタである。あのフレージングに悶絶したのは私だけではないことを私は知っている(謎)。全体的に見れば,影の部分を上回る光に満ちたライブであったが,どうしても影の部分については書いておかなければならないということでのライブ・レポートである。

ついでに書いておけば,クリポタのフルートは真面目な感じで好感度が高かった。そしてバスクラをあたかもテナーのように響かせるのは誠に立派と思った私である。やっぱ,クリポタだよね。クリポタ,クリポタ,いぇ~い,いぇ~い(笑)。

Live at Blue Note東京 on May 23, 2013 (2nd Set)

Personnel: Pat Metheny(g, g-synth), Chris Potter(ts, b-cl, fl), Ben Williams(b), Antonio Sanchez(ds)

2013年5月24日 (金)

アコースティックになったBob James & David Sanborn

Quartette_humaine "Quartette Humaine" Bob James & David Sanborn(Okeh)

Bob JamesとDavid Sanbornと言えば誰が何と言っても"Double Vision"である。あれこそ歌心を感じさせるフュージョンの到達点と言ってもよいぐらい気持ちのよいアルバムである。"Double Vision"がリリースされたのが1986年であるから,それから27年経過しての両巨頭の再共演である。これは期待するなって方が無理である。

まぁ,そうは言ってもあれから時は随分と流れた。Bob JamesはFourplayで相変わらずのスムーズ・ジャズ系フュージョンを聞かせるが,Sanbornは当時に比べるとアーシーな感じが強くなったように思える。そうした音楽の変化もあって,私は最近はこの二人の熱心なリスナーとは言えなくなっていると言われても仕方がない。それでも,なのである。やはり"Double Vision"で擦り込まれたあの音をどこかで求めている自分は否定できない。

だが,今回届いたサウンドは"Double Vision"とは若干性格を異にする。作品全体がアコースティックなのである。"Double Vision"以来,これまでこの二人が前面に出て共演をする機会はなかったようである。今回の再会へのトリガーになったが東京ジャズ開催時の深夜のジャム・セッションだったらしく,それにより,この二人の再共演への機運が高まったようである。Bob Jamesは再会作はもっと"Double Vision"的なサウンドを想定していた模様なのだが,サウンドに変化を及ぼしたのは,本作の録音一週間前に亡くなったDave Brubeckだったようである。そこでこの二人がBrubeck Quartetの演奏について会話し,今回のクァルテットでの演奏につながったようである。そう言えば,リズム・フィギュアにBrubeckのような変拍子を感じさせる部分もある。"Follow Me"なんて,"Blue Rondo a la Turk"のようだと言われればその通りである。

もちろん,Sanbornの音色はPaul Desmondとは全然違うし,JamesのフレージングはBrubeckとは全然違うものだから,これは彼らなりのやり方で,Dave Brubeck Quartetという稀有なバンドにトリビュートしたってのが正確だろう。想定していたサウンドとはちょっと違っていたとしても,これはなかなか楽しめるアルバムである。ただ,そんな中でやはり私はSanbornに優れた歌心を求めてしまうので,一番いいのは"Sofia"だと思ってしまう。さすが奥方の名前を曲につけるだけのことはある。これぞSanbornである。はっきり言ってしびれます。

だが,"Double Vision"と比較すれば,やっぱりちょっと違うかなぁって気もするところがちょいと残念ではあるが,あれはあれ,これはこれってことにしよう。ただ,最後の"Deep in the Weeds"はちょっとねぇ...(苦笑)。ここは多分Sanbornの孫の名前にちなんだ"Genevieve"で締めるのが正解だったと思うが。ということで,星★★★★。

尚,彼らは今年の東京ジャズに出るらしい。う~む,気になるが,休日にはライブに行けそうにないし,ばっちり海外出張日程とかぶっている(爆)。

Personnel: Bob James(p), David Sanborn(as, ss, sopranino), James Genus(b), Steve Gadd(ds), Javier Diaz(perc)

2013年5月23日 (木)

マレーシア見聞録:その3はBlue Mosque

Blue_mosque_1 今回のマレーシア出張時の記録の3回目そして最終回である。マレーシアは多民族であるがゆえに,信仰する宗教もそれぞれであることは先日の記事にも書いたが,今回ご紹介するのは多くのマレーシア人が信仰し,国教となっているイスラム教関連で,相当大規模なモスクであるBlue Mosqueをご紹介しよう。

正式名称をSultan Salahuddin Abdul Aziz Shah Mosqueというこのモスクであるが,Blue Mosqueと言われるだけあって,その鮮やかなブルーのドームが特徴である。このモスクは1988年に完成したもので歴史としてはは浅いが,マレーシアでは最大,世界で4番目だか6番目に大きいらしい。金曜日のお祈りには24,000人が集結するという大規模モスクである。海外に出張している時に,教会を訪れる機会はあっても,モスクを訪れる機会は少ない(というか,私にとってはこれが初体験である)だけに,非常に勉強になった。

我々が到着した時は,本来はクローズされているはずの時間だったが,気のいいボランティアのオジさんが我々を案内してくれた。モスクの中を見るのも初めてなら,イスラム教のお祈りの作法を教わったのも初めてだが,このボランティアの方々の目的には当然布教の意味合いもあるはずであり,初めて訪れた日本人にイスラムの意義を教えているのだから,所期の目的は果たしているはずである

Blue_mosque_2 それはさておき,このモスク,ドームの外観も立派だが,内部も壮麗である。iPhoneで撮影した写真では解像度は今イチ,色めも本当はもっと綺麗なのをお見せできないのは残念だが,それでも雰囲気はある程度伝わるはずである。教会で言えばステンド・グラスに相当するところの壁面のガラス群が,日光を浴びて,見事に輝くのを見れば,聖地メッカに祈りを捧げたくなる気持ちもわかるような気がした。この写真は撮影可能な最終線上で撮ったものだが,やはりこれだけではわからないな。

しかし,こうした宗教施設を訪れることで,様々な宗教観に触れることは大事なことだと思える。私がボランティアのオジさんの話を熱心に聞いていたら,最後には日本語訳したコーランを手渡されてしまった。イスラム教に帰依することはなかろうが,それでもこれだけ多くの人々が信仰する理由を理解することは相応の意義があると思っている。

ということで,滅多に行けないところに行けたということで,仕事以外の意義も大きい出張だった。体力的にはきつかったけどね...(苦笑)。

2013年5月22日 (水)

今日もお休みです。

日本に帰ってきたと思ったら,親類の不幸の知らせがあり,葬儀だなんだかんだで忙殺され,とてもではないがブログ更新は無理である。

ということで,昨日は予告なしでの休みだったが,今日は言い訳付きのお休みである。明日には復活予定であるが,読者の皆さま,ごめんなさい。まぁ,こればかりは仕方ないということでご勘弁を
...

2013年5月20日 (月)

マレーシア見聞録その2:Batu Caves

無事日本に帰国したのだが,やはり夜行便での移動は体力を消耗するなぁと思うのは,やはり私も歳である(笑)。昔はもう少し体力があったはずだが...。

さて,今回の出張は日程の都合上,土曜日の昼に,結構な自由時間ができたので,マレーシアの観光名所を訪れることができた。本日ご紹介するのはヒンズー教の聖地,Batu Caves(バトゥ洞窟またはバツー洞窟)である。マレーシアは基本はイスラム教の国だが,多民族国家なので,信じる宗教も人それぞれってところであり,様々な宗教にとっての重要なロケーションがあるわけで,ここもお祭り時には100万人ぐらいが集まってしまうというのだから凄いわ。

Caves2 車で現地に到着すると,巨大なMurugan神像がお出迎えであるが,これがまじで巨大である。この写真ではわかりにく
いかもしれないが,その先には強烈に急な階段が272段(写真では神像の左後方),それを登り切った洞窟の中に,様々な神が祀られているという場所である。ヒンズー教徒の皆さんは裸足で登っていたが,これは登るだけでも結構体力が必要である。宗教的には苦行はつきものだが,苦行とまでは言わずとも,なかなか大変である。途中では結構な数の野生の猿軍団が人間さまの食べ物を狙っているし...。だが,登り切ったところにさえ,土産物屋があるのには苦笑を禁じ得なかった

Caves3 だが,この洞窟に入っていくと,自然に入り込んでくる光が,宗教的な感覚というか,神々しさを演出していて,なるほど,これは聖地として考えたくなるということも理解できる場所であった。日本的な感覚で言えば,なぜこんなところにって気がしないでもないが,高野山なも同じように捉えることができるのかもしれないなぁ等と漠然と考えていた私である。だが,こうして,様々な宗教観に接していると,それぞれの特性なり,考え方なりが感じられてそれはそれで勉強になるなぁなんて思っていた。クアラルンプールと言えば,ペトロナス・タワー(ツイン・タワー)のような超近代的な建物がある一方,こうした場所とのギャップがあって,実に興味深い。

Caves1 こうした自然が作り出す神々しい雰囲気の中,右の写真のような雰囲気であれば,祈りを捧げるにもちょうどいいよねぇって感じもしてしまう。やはりそれ相応の雰囲気を作り出すというのは宗教上も重要なんだろうなぁって思いも芽生えてしまった。いずれにしても,訪れるには非常に興味深い場所であった。

2013年5月19日 (日)

マレーシア見聞録?

これから夜行便で帰国するところである。この記事がアップされる頃は私は機上の人となっているはずだが,今回は短い割に結構疲れる出張であった。特に土曜日の社会勉強がきつかったって話もありである。

Photo まぁ,それでも滅多に見られないものを見たので,ブツブツ言っては罰が当たる。詳しくは改めて報告するが,最も強烈だったのはドリアン市場であろう。これだけドリアンが並べば壮観と言わずして何と言うかってところである。

ドリアンと言えばその強烈なにおいが想像されるわけだが,ここで食したドリアンには,臭いという感覚はあまりなかった。新鮮なドリアンはにおいもそれほど強烈ではないということらしいが,私も食したのは十数年ぶりで記憶が曖昧になっているが,前はもっと臭かったと思っているだけにちょっと意外であった。だが,その後で出たゲップは十分強烈だったが(爆)。

ということで次は日本からになる予定だが,またまた「出張中に見た映画」シリーズの出番だろう。

2013年5月18日 (土)

KLは快晴、あとは帰るだけ。

仕事は無事終了して、今晩の夜行便で帰国するだけとなったが、今日の現地は素晴らしい快晴である。

当地は夕立(雷雨)のイメージが強いので、なかなかこれほどの晴天はないって感じなのだが、まじで雲ひとつないのである。今日はフライトまで「社会勉強」(笑)をしようと思うが、まぁ、見聞を広めるのも大事ってことで(開き直り)。

次は日本からか、あるいは空港で記事を書いてアップするかのどちらかだろう。

«KL出張中。

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